当番医をしていた時のことです。両脚を防水シーツのようなものをぐるぐる巻きにした女性が入ってきました。
シーツは浸出液を大量に吸い込んでじっとりと重いです。そして下腿は著明に腫れ上がり、たっぷり水を含んだ段ボールのようにごわごわとむくんでいます。皮膚色はくすんだ紫色となり、ふくらはぎのところは潰瘍ができていてそこからの浸出液が特に多く、見ているそばからぽたぽたと落ちてきます。
いつからこうなったのか聞くと半年前からだという。持病として糖尿と高血圧があるという。しかし糖尿病性の壊疽ではなさそうだ。いったいどうしてこうなったのか、そのきっかけは小さな湿疹だという。それに先んじて尾骨を折ったらしく、それ以後足がむくみ始めてこうなったのだという。
2か月後には一時近所の病院に入院したものの勝手に退院してしまったという。その後別の病院の医師に往診に来てもらい治療していたが一向に治らず、日曜の当番の時に当院を受診したという。
このようないろいろ事情のある患者さんが来ることは珍しくなく、ヴィネはここで何らかの決着をつけなければならないと気を引き締めなければいけません。まずどんな病態なのか理解しないといけませんが、この患者さんが当院を受診したという段階で、これまで往診していた医師から情報を提供してくれる可能性はなくなりました。おそらく患者さんから頼んでも提供してくれないと思います。もちろん患者さんの気持ちを考えればヴィネからも頼める状況ではありません。
2,3回外来で治療しましたが、(自分で処置をするのに)疲れたのでしばらく入院したいといってこられました。また内縁の夫がいびるのでつらいとも漏らしました。そこで一度入院したことのある病院に入院以来をしましたが、「以前よりよくなっているので入院する必要なし」と断られました。無断退院したことが尾を引いているのでしょう。しかしやはりいったん入院して落ち着く必要がありそうなので、懇意にしている病院に頼んで1週間ほど入院させてもらいました。
退院してからは在宅医療で定期的にフォローしたのですが、まず取り入れたのは毎日の下肢の洗浄温浴です。訪問看護師さんにお願いして毎日丁寧な処置をしてもらいました。私がやったのは薬の選択と整理です。往々にして高齢の患者さんは大量の薬が処方されていて、それをどれだけ飲んでいるのか全く把握できていません。それを必要最低限まで減らします。そして出した薬はちゃんと服用してもらうようにします。
一進一退の状態が続きました。たまたま読んだ本でうっ血性下腿潰瘍に越婢加朮湯を服用して改善したという報告があり、この薬を使うことにしました。そしてゆっくりですが皮膚の状態が改善していきました。
浸出液もごくわずかになったところで、安心したのか患者さんが当院を受診したころの話をしてくれました。
当院受診したことを、それまでの受け持ち医に言ったときに、タイトルの「誰の紹介で行ったんだ!?」と怒鳴られて返されたとのことです。
「誰にも紹介されてませんよ。自分の判断で行ったんです、って言ってやりましたよ」それを言うだけでも相当勇気を奮っていったのだと思います。「だって何もやってくれないんですよ。看護師さんだってただ防水シーツを取り換えるだけですから」とも言われていました。
治療の90%は半年にもわたる献身的な看護師の下腿の洗浄と薬の塗布でした。感謝しきれません。