拙宅周辺のメインストリートは2メートルの幅があります。なのに暗闇を黒い服装で、歩道でなく車道を走るランナーがいました。小さな反射板をつけただけで、ドライバーからすれば迷惑千万。もしかすると幅寄せしてくる車もあるかもしれません。そういう危険性が想像できないのでしょうか?
「ランニングは健康をのためにやっている。しかも夜に走っているんだ、えらいだろう」なんて自己陶酔しているんじゃないでしょうか?
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拙宅周辺のメインストリートは2メートルの幅があります。なのに暗闇を黒い服装で、歩道でなく車道を走るランナーがいました。小さな反射板をつけただけで、ドライバーからすれば迷惑千万。もしかすると幅寄せしてくる車もあるかもしれません。そういう危険性が想像できないのでしょうか?
「ランニングは健康をのためにやっている。しかも夜に走っているんだ、えらいだろう」なんて自己陶酔しているんじゃないでしょうか?
歴史の授業で必ず出てくる金印の話は、まだ4月頃の授業で出てくるはずなので、よほど不真面目な学生以外は少なくても記憶の片隅にあると思います。
金印は中国の漢の時代に、当時北九州地方の国の国王に贈られたものだと推定されています。「推定」と書いたのは2000年も前の漢の書物にはそれらしい記載があるんですが、日本にはそれに関する資料がないのです。
今回ヴィネは福岡に行ってきました。その大きな目標の一つが金印を実際見ることと、それが発見された志賀島の発見場所を見る事でした。金印の実物は福岡市博物館にあります。とても暗い一室にボーっと光を当てられて展示されていた金印の第一印象は「ちっちぇ~」
わずか2センチ四方の上に説明されないとわからない細かな細工のされた蛇がとぐろ巻いているのです。金印の使用目的は大事な荷物をひもで結んで、さらに粘土みたいなものにぺったんと金印でしるしをつけて封をするためのものです。実用とするには2センチ四方は小さすぎます。手でつまむにも不便です。もしかすると実用性のない宝物だったのかもしれません。
さて金印の面白いところはこれからです。
この金印は実は200年前に志賀島で畑を耕していた農夫によって発見されたというのです。ということは1800年もの間その存在が全く知られていなかったということになります。ほんとかよ!こんな高価なものを1800年間も誰も気づいていなかったのか????
そこでヴィネは疑問を解決すべく発見場所とされている金印公園に行きました。ここには車で行くのなら簡単なのですが、電車とバスを乗り継ぐととても不便です。
そしてたどり着いた先山の斜面のジグザグに階段を上っていくと、ありました。金印のレプリカです。そしてそのわきの説明文を見てびっくり。実際に発見されたところはここではなく、「公園の名前を記した石柱の先を少し行ったところ」とあるじゃないですか!じゃあ何でそこに公園を造らなかったのか!?金印公園は正確には「金印近傍公園」でした。
確かにそこまで下りていくと荒れた道がありました。ほとんど人が通らないような道ですが、一部に舗装した跡があるので、過去には使われていたんでしょうね。
そして左手に猫の額ほどの畑がありました。え?こんなところで金印が見つかったの?
ヴィネには大きな疑問がわきました。
もしかして金印は日本に来た初期に渡されるべき人に渡されずに何者かによって盗まれたのではないか?だから日本には記録がないのではないか
何者かの一家では固く家訓で口外することないように受け継がれていたのではないだろうか。そして200年前に「やばいよ、これ。こんなもの持っているのばれたら打ち首間違いなしだよ」と思ったか、何とか偶然を装って畑で見つかったことにしたのではないでしょうか?
というのがヴィネの推測ですが、こんな稚拙な計画は当時の人だって容易に推測できたでしょう。それがばれていないということはおそらく裏取引があったのではないか?
歴史上の出来事で謎の部分を勝手に想像を膨らますのは楽しいものです。
4月24日の午後の外来も予約診療が終わったころ、YSさんが来られました。1年ぶり以上です。
カバンからワインを取り出し、診察室で「ハッピバースデイツーユー」と歌いだしました。
彼女は大変な難病を抱えており、専門病院の複数の科にかかっています。高額の薬を使い、それによる副作用も抱えて、何とか乗り切っているのです。病状は緩解憎悪悪を繰り返し、次第に下降線を下っていることは、彼女自身十分理解しています。下肢には結節性紅斑が何か所もできていて、一時は歩けなかったといいます。それなのにその振る舞いはとても明るく、周囲はその病状を聞いてなんて言葉をかけたらいいかなんて悩むことはありません。相手に気を使わせないその振る舞いも、もしかすると計算のうちなのかもしれません。
ヴィネの誕生日を覚えていることに驚くと「だって私の仕事復帰の日と同じなんですもの」と。昨年の今日、彼女は仕事を再開したのです。あまりにも明るくふるまうため、周囲から「(仕事休んでばかりいるけど)本当に病気なの」と言われたりするそうです。
「去年受診しに来たときは先生体調悪そうだったからね」
「ん?あー肋骨骨折かな」と、薄れた記憶をたどると
「それはその前の年」と即座に訂正されました。
自宅に帰って当時の記録を見ると、昨年の診察のころは半年に一度の不明熱でダメージを受けていた時でした。
30分間病気発症に至るまでのこと、将来のこと、友人のことなど話すことができました。年を取ると誕生日なんて少しもうれしくはないものですが、今年は一生忘れない特別な誕生日になりました。
23日は比較的気温が低めで風もなく、ランニングするにはちょうどいい天気です。
体調も回復しているので20キロに挑戦です。
そしてたどり着いたのが瀬又のこいのぼりです。元気なこいのぼり見るにはもう少し風があった方がよかったですが、それでもカラフルなこいのぼりはあたりをにぎやかにしてくれます。
するとこのこいのぼりを背景に、ビーグル犬の愛好家たちが集まって写真を撮っていました。頭には紙で作った兜をつけています。大体5歳くらいの年齢で、ここにアンディがいてもおとなしくはしていられないでしょうね。でも毛の色はアンディーが一番美しいですけどね。
そして帰宅途中で2回もキジに会いました。春は恋の季節なのでしょうかよく見かけます。
ふとその時思ったのが、
「ここでサルと遭遇したらヴィネは桃太郎じゃん」
その後しばらく桃太郎の昔話を思い出して走っていました。
そこでふと思ったんですが、あの話とてもおかしいですね。
鬼たちは村を襲って略奪をしてたので、村人は困っていたわけですよ。若者が村を離れて頼る若者がいないところに、桃太郎という状況を知らない若者が村に現れたわけです。そこで村人は桃太郎を「君ならできる」とおだてたかどうか知りませんが、鬼退治に鬼ヶ島に一人で行かせたんですね。あまりにも無謀な計画にキジやサルや犬が一肌脱いて協力を申し出て、晴れて鬼を退治することができました。そして金銀財宝を村に持ち帰ったのです。
ヴィネが問題にしたいのは、この金銀財宝の出どころです。おじいさんが山に柴刈りに行くような経済力のない村ですよ。そんな貧乏な村に財宝なんかあるわけないじゃないですか。ということはこの財宝は鬼が裕福な都市から奪ったか、鬼たちが何らかのパフォーマンスでもして稼いだ金に違いがありません。そんなこといくら教育を受けていない桃太郎だってわかってるはずです。なのに持ち帰ったということははっきり言って犯罪です。知らなかったじゃすまされません。
この財宝がどうなったか物語では言及されてませんが、おそらく足がついて桃太郎は窃盗犯で逮捕された可能性が高いですね。
今日は気温がぐんぐん上がって夏日になりました。
湿度は高くないのでランは暑くても快調です。調子がいいとスピードを上げがちになるので、「オオっと全足着地だ」と気づいてキロ5分15秒で走りました。
やることが多く、今日は14.4キロで上がりました。
April 14th I did my own gastroscopy.
This was the fourth time. So I could do it very well.
Even there was kissing ulcers, my stomach was very beautiful
今日来られた患者さんが、帰り際に「教えてもらったマッサージで、外反母趾の症状が7割よくなりました」といわれて感謝されました。
私は整形外科医じゃないので、オペで物事を解決することができません。しかし、痛みに対して鎮痛剤とシップを出すという行為に、疑問を感じています。これらの治療はその時だけの、急場しのぎの治療法であって、一時的には使ってもいいが、何か月にもわたる治療としてはやってはいけないと考えています。
患者さんの要望にはできるだけ答えようとする中、外反母趾の痛みについて相談されたときに、マッサージとストレッチを指導しました。外反母趾の部分だけではなく、その周辺の関節からアキレス腱やふくらはぎに至るまで一日2回、そのうち1回は入浴中にするように言いました。
その結果、タイトルのような感謝の言葉があったのです。以前にも書いたかなあ~、ヴィネは自分のばね指をストレッチで完全に治すことができました。この時はマッサージは失敗でした。ストレッチだけで治ったのです。
肉離れからしばらくの休憩ののち、ランを再開しました。
昨日は8キロ走り、今日から通勤ランを始めました。そして気を付けていることは前足部着地をやめることです。
アキレス腱断裂と膝の軟骨障害と、立て続けに見舞われ、出たい大会にも満足に出られない状況に今後どうしようかなあと思っていた矢先でした。先日奈良に旅行した際、ラン友の越〇さんにお会いしてお話をしました。その時に越〇さんが「踵と母指球あたりと小指の付け根の3点のトライアングルに同じ荷重をかけることを教わってからけがをしなくなった。実際には踵から前に向かって重心が滑らかに移っていく感じで走るようにした。」というのです。
「Born to run」の本が出てから、ほとんどのランナーがそれまでの中華鍋の底をイメージしたランから、前足部着地になったように思います。ヴィネも例外ではありません。そのころはもうウルトラからフルマラソンに移行していましたから、いわば短期決戦で、前足部着地で足首やアキレスけんに負荷がかかっても少しでも早く走りたい、という気持ちがあったのです。
しかし、これからはあまり関節や靭帯に負荷のかかる走法はやめたほうがいいと思うようになりました。フルで1,2分のタイム短縮よりケガのないランを求めたほうがいいんですよ。
昨日からマスク着用は個人の判断となりました。
トーゼンのことですがヴィネは仕事中もつけない選択をしました。ただし在宅医療に行くときはつけています。ヴィネのマスクに関する考えは終始ぶれることなく、「マスクは飛沫感染対策にしか効果ない。エアロゾル感染にはわずかな効果しかない。今のコロナ感染はほとんどエアロゾル感染だ(ただし飲み会の時は十分飛沫感染があり得る)」です。一方多くの専門家は「コロナは飛沫感染する」と言い張っていました。その後エアロゾル感染が主体と気づいたはずですが、プライドが邪魔して認めたくない。苦肉の策が「マイクロ飛沫」などという新語を生み出して、プライドを保とうとしました。ヴィネからすればピエロです。
マスク着用を自己判断として果たしてどうなったかですが、やはり日本人のほとんどはつけていますね。昨日のニュースで渋谷の様子を映し出していましたが、つけていないのはほぼ西洋人。日本人でつけていない人を見つけることができませんでした。
ちなみにこの2日で当院に来た患者さんでマスクをつけていない人は一人でした。
沈没船ジョークの日本人に対する言い方が本当に日本人の特性を見抜いているなあ、と改めて感心しちゃいます。
今日、うれしい報告を受けました。
爪白癬で来られている患者さんです。
「この間来た時に待合室にあったあの『口ばんそうこう』をやってみたんですよ。そしたらのどがすごくよくなって、朝のどが乾燥しているということがなくなりました」というじゃありませんか!
「でしょう、今後○○さんが風邪ひく確率が9割以上減りますよ」とヴィネもうれしくなって言いました。
「ええ、会う人会う人にすすめているんですよ」とそのかた。
こうして自己治療の武器を市民が手にすることによって、あこぎな医療機関が淘汰されることを願っています。