医療現場はもちろん、食品加工の現場でも今や薄手のゴム手袋はなくてはならない商品です。
機器の消毒は既に手術では当然行為になってました。しかし最後の難関として残ったのが医療者の手指の消毒でした。当時の強力な消毒薬に世tる厳重な手洗いでも完全に無菌化することはできません。いくら洗っても汗腺や毛穴にいる細菌は完全に無菌化できませんからね。そして厳重な手洗いによって手が障害を受けるのは当然のことです。
1889年、場所はボルチモアのジョンズ・ホプキンス病院のオペ室。看護師のキャロライン・ハンプトンは手洗いによる手荒れのひどさに悩んでいた。肌が赤剥けになって仕事ができないくらいでした。そしてついに退職を申し出たのです。
当時外科医長だったウィリアム・ハルステッドは彼女に目をつけていました。美しいだけではなく、有能でてきぱきと仕事をこなす彼女に仕事を辞められると、勤務する楽しみの一つが奪われるようでした。(この部分は勝手なヴィネの想像)
これからが彼が普通の男と違うところです。凡人だと、単にやめていく彼女に「俺と暮らさないか」程度のことしか言えません。ところが彼はグッドイヤー・ゴム会社の友人に相談して薄手のゴム手袋を作るように依頼したのです。そして出来上がった手袋を彼女にプレゼントしたのです。
彼のこの行為が彼女の心を揺さぶらないわけはないです。さらに彼はのちに教授に上り詰め、乳がんの術式で近年までスタンダードだったハルステッドの手術を生み出したり、伝達麻酔の開発、レジデント制の確立など多くの功績を残したのです。
ヴィネが外科医だったころ大胸筋まで取っちゃうハルステッド法は標準術式でしたが、今では縮小術が主流で、ハルステッドが実施される機会は激減しました。ヴィネは当時「乳がんがそんなに大きくないのにどうして大胸筋まで取っちゃうのか」とかなりの抵抗を持ったことを覚えています。