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院長のランニング歴
1989年9月 同僚整形外科医の「フルマラソンはちょっと練習すれば走れますよ」の一言をきっかけに走り始める。
1990年1月 館山なのはなマラソンでマラソン初完走(3時間29分)
1993年 スパルタスロン参加、5位で完走(29時間38分52秒)
1994年
1995年
スパルタスロン参加124キロでリタイア
トランスアメリカフットレース 4700km
出場選手14人中7位で完走(480時間)
1995年 スパルタスロン完走(12位 31時間22分52秒)
1996年 スパルタスロン完走(6位 28時間34分)
1997年 スパルタスロン完走(16位 30時間)
1998年 スパルタスロン完走(6位 28時間32分03秒)
1999年 スパルタスロン完走(3位 27時間16分36秒)
2000年 スパルタスロン完走(4位 26時間49分)
坂本氏主催の日本スパルタスロン協会の運営や対応に疑問を感じ、これ以降スパルタスロン参加を取りやめる。
2002年4月 初めての著書「鉄人ドクターのウルトラマラソン記」
(新生出版)上梓
2002年5月 萩往還参加175キロリタイア
2002年9月 雁坂峠越え参加、大会新記録で優勝()
2003年5月 萩往還参加、大会新記録で優勝(28時間39分19秒)
2003年9月 雁坂峠越え参加、優勝
2004年4月 著書「あぶないランナー」刊行
2004年5月  萩往還優勝(32時間36分53秒)
2004年9月  雁坂峠越え参加、大会新で優勝(15時間57分27秒)
2005年5月 萩往還3連覇(29時間23分22秒)
中学2年のとき部員わずか1名で体操クラブを設立したが指導者がいなく、自転車で15分のところにある体育館の体操クラブに参加するものの、体が硬すぎて練習についていけずあえなく挫折。この一年を除けば学生時代はずーと陸上部。専門は110メートルハードル。中学時代はまあまあの成績だったが、高校のハードルの高さに足の伸びが追いつかず県大会で決勝に残る程度の成績。大学のとき「さあー根暗のスポーツ陸上はやめてやるぞ!」と誓ったが、履歴書に陸上部員だったことを書いたため陸上部からの「見学だけでも参加してみたら」という常套文句の勧誘にまんまと引っかかった。部員が少なくかわいそうになり、練習後に飲みに連れて行かれて断りきれず入部。大学時代は練習不真面目で成績もぱっとせず、卒業してやっと陸上部から開放される。卒業時の感想は、「もう二度と500メートル以上走ることはないだろうな」だった。医者になってからゴルフ、テニス、スキューバダイビング、スキーとさまざまなスポーツに手を出したがスキー以外は物にならず、夏場は体内にマグマがうずうずとしていたものと思われる。
メール小野木医院 千葉県市原市能満1845-37 (地図)  電話0436-75-4049