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医院の診療日記

     2004年
医院の診療日記
2004.12.26(マンモグラフィー読影認定医試験)
やったー!!!
 昨日今日と2日間にわたって行われたマンモグラフィー読影講習会とその後の認定試験。なんと47人参加の中でトップの成績。評価ASを獲得した。ASとは講師として指導できる資格を持つというもの。200枚の写真の中で間違ったのは10枚だけ、しかも癌を鑑別しなければならない症例はすべて拾い上げることができた。(この点に関しては100点)しかし2症例に1つは自信が揺らぎ、試験が終わったときは時間ぎりぎりで「だめだー密かにもくろんでいた評価AどころかBもどうかわからんぞー」と落胆。
 実行委員長の橋本先生は「先生は8年のブランクがあるからどうかと思いましたが、さすがですね」といってくれた。言われてみれば8年前までの集中して真剣に乳がんの発見に取り組んでいた時期の経験が役立ったのだろうな。まだまだ現役の外科医の上を行っているのがうれしいと同時に「お前たちもっと真剣に取り組めよな」といってみたくなる。

2004.12.16
 10月から来ている70歳の女性。毎日2時間のウォーキングしていたのが、疲労感や息切れが強く、7月から全く歩けなくなったという。総合病院の内科で診てもらったが各種検査で全く異常なし。ご多分に漏れず、「気のせいでしょう」といわれた。診察すると、しゃべっていても息が切れ、微熱もある。足は冷えるが上半身は火照る。肩こりも強い。この患者さんに柴胡桂枝湯と黄連解毒湯、サフランを処方し、約一ヶ月後、ほとんどの症状が消え大変喜んでいた。漢方ってホント不思議ですね。
 昼ラン。昨日の通勤ランで筋肉に疲労がたまっていたのか、鈍い走りやった。能力は一度失うと再び会得するのはとっても時間がかかるものだ。知識も運動もこの点は同じ。人生甘くはないね。

2004.12.13
久々の通勤ラン。無事何事もなく終わった。一安心。
2004.12.11
以前登場いただいた一年も理由なく抗生物質を投与されていた患者さんの話の続きです。リウマチとの事でその病院で点滴治療やハリ治療を受けていましたが、私が別の専門病院に紹介してみてもらったところ、「リウマチではない」との診断でした。リウマチとの診断も、ちらりと患者さんの手を見て「あ、それリウマチ」というずさんなものだったので、違うんじゃないかとは思っていましたが、やはり・・・。
2004.12.05
 駅伝大会は今年38回を迎える歴史のあるものだが、参加チームは50とちょっとさびしい。私は武蔵ウルトラマラソンクラブの第3のチームの第3走者。
 レース前に軽くジョグをしているとまたもやふくらはぎが・・・。「やばい、このまま走ったら絶対本格的な肉離れだ」と大いに不安に駆られる。泥縄式にマッサージをして「ゆっくりでもいい、たすきをつなぐだけにしよう」と気持ちを落ち着けた。
 いよいよレースわがチームはびりから3番目くらいで来る。たすきを受け取り、ゆっくりスタート。怪我したほうには2割くらいしか加重しないような気持ちでちょっとかたちんばのような走りで行く。沿道の応援にもいちいち挨拶しながらニコニコして走っていくと、なんと2キロ過ぎから痛みがなくなってくるではないか。「もしかすると」と思い少しずつスピードアップ。すると遠くにランナーの後姿、しかも3人くらい固まっている。こうなるとランナーの本性発揮。ぐんぐん追い詰め気持ちよく抜いていく。すると更に100メートル先に3,4人の塊。「後残り何キロか、1キロあれば抜けるが・・・」と、スタート前には予想もつかぬことを考えている自分に気づく。この塊も一気に抜いて7人抜き。なんとその先50メートルにまた3人いるではないか。あーでも中継地点もそのすぐ先だ。この3人の直後まで追い詰めたけれどここでたすきを渡した。
 ほんとに足を痛めないで気持ちよく終われてよかった。結果、わが武蔵ウルトラマラソンチームは3チームとも満足行く結果であった。
 しかし全員がゴールした後、閉会式まで1時間以上も待たされた。市長か誰かを待っていたのだろうか。なんの放送もないあたりその可能性がある。こういうところが人気をなくす理由ではないだろうか。ただ開催すればいいというものではないよね。
 おかげで我々の忘年会も1時間以上遅れてはじまりました。各自の今日のレース、またこの一年間を振り返っての挨拶がありとても盛り上がった。とてもいい気分です。

2004.12.04
明日の駅伝は埼玉県毛呂山町で行われます。怪我はしているけれど舘山さんの事務所での鍋に釣られて出発。明日のメンバーのことを聞くと、「実はいないんですよ」。ならばゆっくり走ることを条件にと、やっぱ参加することにした。このところ走っていないのでストレス溜まりっぱなしだもんね。
2004.12.01
昼、足のほうが痛みがなかったので軽く走ってみたら1キロも行かずにふくらはぎが張って来て早々に切り上げた。やっぱだめだ。

2004.11.27
やってしまった。ふくらはぎの肉離れ。通勤ランでなんとなく今日は疲れが溜まっているかなと思っていたのが・・・。丁度コースの真ん中でやったので戻るわけも行かず、そのまま病院へ。今では歩くのも痛い。12月5日の駅伝は無理だー。
2004.11.17
またまた自己記録達成。1時間18分7秒。毎回1分短縮。でもこの辺が限界か・・・・。

2004.11.13

 通勤ラン(18.5キロ)自己記録達成!!1時間19分07秒。ウェーブ走で走るも、後半は記録を狙ってそのままトップスピードで走りきる。三日前に20分38秒出したので記録は出ると思っていたけど、どうせなら18分台で走りたかった。
 10月9日の日記に書いた患者さんの話です。「いろいろまわりの患者さんの話を聞くとかなり評判悪いようで、次第にやめて行く患者さんもいます。予約制でもまたされていたのが、最近は予約ぴったりに診察が始まります。それとこの間なんかは職員の方が一斉にやめられてしまいました」相当の病院だなー。こういう病院にならないよう自分も常に第三者の立場になって考えようっと。

2004.11.11
また某医で乳がん検診の見逃し。またというのは去年別の某婦人科で見逃しが朝日新聞の全国紙にシリーズで掲載されたのです。それで市原市では乳がん体制を整えることに乗り出したのだが、まだまだ十分なレベルになっているとは言いがたい
2004.10.18
昼ラン。病院から出てすぐに河童池方面に細い道を下ります。そしたら二人の高校生が立ちしょんしてました。そのうちの一人がふざけて路上に撒き散らしていた。私が通りかかるとあわてて道の端によけた。「何やってんだ、お前ら」と声をかけると、「おしっこでーす」と明るい返事。「見たくねえよ」と笑っていいながら通り過ぎました。地域住民との心温まる交流の1シーンでした。

2004.10.17
 
スコーンと晴れていい天気。秋はこうでなくっちゃ。こんなときに走れるなんてなんて幸せ!私はこの時期のランが一番好き。5月もいいけど今の時期、柿がなっているでしょ。これにありつけるのです。もちろん所有者が歴然としている柿には手をつけない。空き地にある柿など本当は所有者あるんだろうけど、地面に熟れ過ぎた柿がぼたぼたおっこちてるのは無関心の証拠。今日のラン(26キロ)の途中で7,8個いただきました。ご馳走様。
 私は果物の中で柿が一番好きだ。柿よりもおいしい果物いくらでもあるが、柿ほど日本人の生活に染み付いているものはない。農薬など手をかけなくてもたわわに実るし、渋くても渋抜きした柿の味は甘柿と違ってまた格別。普通、果物は熟れ過ぎると食えなくなるが、熟れ過ぎた柿はまた別のもうまさがある。保存食としての渋柿も実に味わいがある。栄養学的に言ってもビタミンCが豊富で、柿のは茶とか柿の葉寿司という形で葉っぱまで利用されている。また柿色も秋の風情を感じさせる。こんなかわいい果物があるだろうか。いつか何かの機会に柿のよさを訴えようと思う。

 

2004.10.09
C型肝炎とリウマチである病院にかかっている患者さんのもらっている薬を見てぶったまげました。なんと一年も同じ抗生剤が処方されているというのだ。特に処方する理由もなし、本人もなぜ処方されているのかわからないといった状況。他にも「黙っているとどんどん薬を出されてしまうんです。これはいいですといわないと減らしてくれません」と、患者さん。院内処方だから出せば出すほど儲かるのだ。でも一年も抗生剤処方してもなにもチェックされていないなんて、レセプトには都合のいい病名書いて請求しているのかなー?
2004.10.06
四日ぶりのラン。ぬれた路面もいいもんだ。金木犀の香りが気持ちいい。この時期になると、「あれも金木犀、へーこの木も金木犀だったのか」と気づくことが多い。しかし金木犀の香りってそんな強くはないよね。芳香剤などでプンプンするのはやりすぎじゃない?現代人は五感が落ちているから人工的なものかいでいい気持ちになっているのだろうか。女性がそばを通ったときに強烈な香水の香りを残していく事があるけど、はっきり言って「うっ」と一瞬息を止めてしまいます。
2004.10.04

時間外でこの2週間で3回吐いたという若い女性の患者さんが来た。診察してみるとおなかがぐるぐるなって下腹部押すと痛いという。便秘ではいたのだろうと推察した。本人も今までそういうことがあったという。しかし今日はよく出たのだとも言う。若い女性は出ていても便秘を疑ったほうがいい。
2004.10.03
よく降るね。一日中雨なのでうちにいて文化的活動をする。というより全く運動しなかった。でも雨のおかげで「書こう書こう」と思っていた原稿を書き始めた。内容は医療小説。今までの医療ものとはまったく別の視点で書くことに挑戦。今日のところはまずまずの滑り出しだ。
2004.10.02

通勤ラン今日は3日前よりずっといい。少しずつ元の筋肉を取り戻してきているのを実感しています。
2004.10.01
イヤーいい天気。スコーンと晴れ上がりこんないい天気のときに走らなければ罪。早速昼ランへ。ところがどうしたことだろう、10キロ程度のコース上でバキュームカーに4回も遭遇した。走っているときに息を止めるのってつらいんだよね。何か俺悪い事した?

2004.09.29
10日ぶりのラン。たかだか18キロのランなのに10日もサボるともうへとへと。10キロあたりで足にきた。筋肉は張って痛むし、一歩が狭い!2週間前より5分以上も余分にかかってゴール。さて門を開けようかとしたら、・・・・なんと鍵を忘れた!!!女房殿に電話して「大至急届けてくれ〜」とSOS。患者さん2人を30分以上待たせてしまった。今日は早めに来る人が少なくてまだよかった。でもうちの常連さんは「また忘れたのね」と思っているに違いない。このところはなかったけどこれで4回目くらいかな?いつも通勤ランしているときだ。隣の薬局からは「合鍵うちで預かりましょうか」といわれる始末。反省反省。

2004.09.21(雁坂峠越えウルトラマラソン)
 9月19日甲府から川越まで雁坂峠(2080m)を通って走る秩父往還141キロレースに参加。15時間57分27秒でゴール。大会記録を21分更新し、3連覇を果たしました。
 レースは65名の参加。甲府駅前を5時にスタート。約40キロ、広瀬湖までしだいに上って行きます。雁坂登山口には昨年より4分早く着く。ここからの登山道も比較的気持ちよく走れた。でも上りは昨年より4分遅く、小屋に着いたのは昨年と同じ時刻。山道は得意ではない。また速く走る気もなし。下りでゼッケン106の選手が降るようにおりてきた。「若い!30歳くらいか。でもちょっと皮下脂肪が多いのでは?」と一瞬の判断。一気に抜かれすぐに後姿を見失う。ちょっとまねして走ってみたが、足への衝撃が大きすぎて後に響くと考え止めた。山のコースは先日の台風の影響でずいぶんと倒木が多かった。ほとんどは整備されていたが、一箇所多くの木が倒れていて完全に道がふさがれていた。
 山を下り、川又のエイドにつくと106の選手がいた。「ずいぶんはやいねえ」「いやここまでですよ」と一通りの挨拶の後、「小野木さんですよね。萩で優勝した。私も何とか今年完走したんですよ」と彼。藤島君という彼、山岳耐久などに参加しているランナー。どうりで山が得意なわけだ。山だけで3人抜いたという。川又エイドを後にして、しばらく上りになる。その後下りになると後ろについてきた藤島君どんどん飛ばし始める私がキロ5分ちょっとだったから、5分をきっていたのではないか?また視界から外れてしまったが、次のエイドでは私が先に着いた。彼はこの暑さでずいぶん堪えたらしくエイドのちょっと手前の道の駅によっていたという。疲労の表情を隠せない彼を見てこの勝負もらったと思った。
 秩父までは確かに蒸し暑くきつかったが、去年よりはしっかり走ったように思う。秩父のエイドではまだテーブルを広げようとしているところで、柳沢さんが一人であわてて飲み物とバナナを用意してくれた。
 正丸トンネルまでの道は登りだけれどここもそれほどの苦痛はなかった。すれ違いの人が車から降りてきて何のレースをしているのか聞いてきた。午前中に甲府であったハーフマラソン大会に参加した帰りだという。
 トンネル手前の道の駅のトイレに入る。空振りで6,7分の時間ロス。
正丸トンネルは蒸し暑かった。水溜りでバランスを崩し壁に手を着いたら真っ黒。すすとごみが1センチくらい壁に積もっている感じ。
 正丸屋には去年より約5分早く着く。うどんとゆるいおにぎり一個食べた。後でここに10位で着いた中村集選手が言ってたが、ここで食事をしたのは10中2人だとの事。みんな胃腸をやられているのかな。やはりウルトラのときには胃腸をしっかりさせる対策をとらなきゃね。
 昨年はここから大幅にスピードダウンしたが今年はどうか。最後のエイドも準備が出来ていなかった。飲み物とフルーツをちょっと食べてスタート。エイドが準備中でいいことは、あまり休まないためタイムロスが少ないことだ。
 ここからの残り20キロは昨年ほどではないものの長く感じられた。藤島君も言っていたが、目印になるものがないため、後どのくらいかという目安がつけられないので、疲労を感じやすいのだ。途中ゴールに向かうスタッフに声をかけられた。自分の頭の中では9時前のゴールだろうと思っていたしスタッフもその点は計算済みだろうと思い、ちょっと気にはなったがそのままなにも告げずに分かれた。
 ゴールまであと5キロの初雁橋に差し掛かる。改めて計算しなおすと予想タイムは9時ぎりぎり。ここからケツに火がついた。16時間台と15時間台ではぜんぜん意味合いが違う!キロ5分そこそこで猛烈に走る。最後のカーブを曲がるとゴールのゲートが見えるはず。でも何もない。大声を出して「おーい、ゴール」と叫ぶ。でも何の反応もなくゴールテープなしのゴール地点でフィニッシュ。16時間切ったけれど感激がちょっとそがれてしまった。
 まあ後で考えるとゴールが準備できていないことにそんなに落胆することはなかった。むしろそれだけ速く走れたんだと満足に考えるべきだった。スタッフの皆さんありがとうございます。
 ゴールしてゆっくりとビール、ラーメン、焼き鳥、ブタの角煮を食べ破壊された筋肉を補給した。欲をいうと外でもっとうまいものが食いたかったし一人で食べるのはつまんない。
 2位は1時間20分遅れで藤島君。正丸峠後の後半40キロでずいぶん遅れたようだ。
2004.09.03
気温30度といっても8月のそれとは違って9月はなんとなくさわやか。湿度が低いせいでしょうかね。今日日中のランも気分よくはしれました。
2004.08.31

 台風の影響で風が強く病院も暇です。
 市原市の乳がん検診始まって2ヶ月も経つのに出足が悪いですね。やはり申し込みが複雑になったことが原因の一端にあると思います。
 あるミニコミ誌のコラムを担当しているんだけれど、乳がん検診について「婦人科医は乳がんの専門じゃなく、外科が専門です。でも外科医も乳がんを専門にやってきたのは10人に一人程度」と事実を書いたところ、ミニコミ誌側の説明では「あるスポンサーからクレームが入った」とのこと。どの辺から入ったか想像がつくけど恐らくスポンサーではないでしょう。でもどうして直接私に言ってこないんだろう。事実を言われたから直接私には言えないのでしょうか。
 「婦人科が乳がんの専門でない」ことが一般市民に知らされていないことが昨年の全国紙に載った「見落とされた乳がん」の大きな焦点ではなかったですか!いまだに「一般人に不安を与える」などという理由で情報を隠そうとする医学会の老害がはびこってるよ。

2004.08.13
いやホントに気持ちの入れ替えでこうも変わるものでしょうか。今日の通勤ラン(18.5キロ)、またまた爆走しました。1時間22分6秒と真冬のトップスピードで走った。ちょっと曇りがちなのも幸いした。
2004.08.12
最近若い人の乳がんが増えているのではないか?30歳と28歳の患者さんがいました。30歳のほうは4センチの大きさですでにリンパ腺転移があり、28歳のほうは確定診断はしていないけれど、脂肪注入による豊胸術を8年前に受けている。がん検診の対象年齢ではないけれど、今後若年者の乳がん対策を急ぐ必要がある。
2004.08.07
第1回乳がん超音波検診症例検討会。
エコーの条件が悪すぎて何を見ているのよくかわからない症例が多かった。また自分のところの症例なのにその解説がうまくできなかったりも・・・。操作もちょっと早すぎます。初めてならこんなもんでしょうか・・・

2004.08.06
今日の昼間のランニングはすばらしかった。気合を込めてスタートからトップギアで走る。そのまま13.8キロを真冬並みのスピードで走りきった。奥武蔵のときの教訓から気持ちしだいで走りは変わるものだと知る。まだまだやれそうだ。月末の鶴沼52キロに向けてがんばろう。
2004.08.01
奥武蔵ウルトラマラソン大会
午前中は比較的涼しく、風もあってこの時期のマラソン大会にしては恵まれているほう。
しかし私自身このところ積極的に勝負にかけてレースに臨むという姿勢にかけているようだ。前半かなり抑えて入った。それで後半ギアをトップに入れられずにずるずると楽なペースで走ったような気がする。このやり方は100キロ以上のレースにはいいが、アップダウンがきついとはいえ、75キロのこの大会でとるやり方ではなかった。確かに走っていて楽だった。最後の上りも2年連続歩いたところを余裕で走れたしレース後の筋肉痛もたいしたことなかった。結局予想を大きく下回る22位。またこの大会は暑い!というイメージが強すぎて、エイドでの水分補給が多すぎた。半分でもよかったと思っている。おかげでエイド後の走りは10分くらい胃が張っていて不調。わかっているのにレース中に調整できないのが悲しい。
 大会自体は蔵本氏が2年連続の優勝。しかも5時間39分という見事な大会新記録だった。

2004.07.29

毎日暑い日が続きますね。日記もついついサボり勝ち。
当院には熱中症の患者さんはまだ見えていないけど熱中症予防には汗をかいたら水と塩の補給で対応するということ。ポカリなどを飲む人が多いけど、あれは甘すぎるし、塩分の補給という点では非力。暑い夏が続くと肥満と夏ばての人が増えそうです。なお夏ばても清涼飲料水の飲みすぎでなることが多いよ。清涼飲料水に含まれる砂糖の取りすぎでビタミンB1が浪費されるからなんです。
2004.07.01
いよいよ市原市の乳がん検診が始まります。昨年の朝日新聞の『見落とされた乳がん』シリーズで乳がん検診のあり方が問題となっています。市原市では今年から乳がん検診にマンモグラフィーとエコーを導入しました。前者はいいとして私はエコーの導入には大反対。いくら機械を入れたってそれを使いこなす医師がいないければまた同じようなことが起こりかねます。今まであまり乳腺のエコーをしたことがない人たちがやってすぐに成果が上がるとは思えない。ある専門医も「そこまでして検診をやる必要はない」と反対の意見。誰だって完璧な検診をできるわけではないけれど、少しでも見逃すことがないように個人個人がスキルアップしていかなければ・・・。それは患者さんも同様。自分の体を自分で管理できるように継続可能な自己検診の方法を身につけなければならない。
2004.06.12〜13(カモシカマラソン)
カモシカマラソン(小田原〜丹沢〜小仏峠〜川越)参加。熱帯低気圧の影響を心配しながら6時に小田原駅前をスタート。この大会は山岳コースは二人ペアで走らなければならないという条件付。なるべく走力の近いランナーとペアが組まれる。私の相棒は日本の女子ウルトラランナーの中でこのところ参加するレースは常勝の阿部朋子さん。
 登山口まではキロ6分で行く。途中のコンビニで納豆2個食べた。のぼりに取り掛かると、阿部さんはどんどんペースを落とさずに行く。普段高尾山に練習に行っているだけにその足取りは確かだ。一方私はすぐに太ももに疲労を感じ、一歩一歩疲労回復を待つ間を持った歩き。
 天候は曇り、標高が高くなるとガスってくるレースには最高の天気。なのに汗は滝のように噴出。持参の750ccの水はすぐになくなった。鍋割山小屋で愛想の悪い親父から300円で500ccの水を買うもすぐ底がついた。大木の幹についた苔に吸い付き、ロープをしごいて手につくわずかの水分を口に含み、尿まで飲んだ。(これは阿部さんの見ていないときにやった)尿はしょっぱくやや苦く、渇いたのどには逆効果だ。登山道にいくつもある水溜りを何度かすすろうと考えてきたところ蛭ヶ岳についた。ここで水2リットルを買い生き延びることができた。。ここからはくだりが中心。阿部さんは過去にくだりで大怪我をしたことがあり、そのトラウマがあるのかくだりはのぼりの力強さからは想像もできないほどのスローペース。私が先頭になっていく。焼山を降りていくと後ろから勢いよく舘山・藤原組が駆け下りてきた。二人5メートルとはなれず、降ってくるような走りだ。この事態は容易に想像されたのでなんら動揺はなかった。それよりもその後私はコースを間違え、20分も阿部さんを焼山登山口のエイドに待たせてしまった。エイドについたときには舘山・藤原組はスタートした直後、更に市川・高橋組にも抜かれて3位。ここで20分ゆっくり休み英気を養う。再スタートを切ると舘山・藤原組にまもなく追いつく。道端の縁石に腰かけようとするところ。「どうしたんですか」と声をかけると「こんなもんですよ」と。
 相模湖を過ぎるまでは登りの多い一般道。相模川にかかる弁天橋を渡って東海自然道に入る。弁天橋の先にある川沿いの休憩所が非常に雰囲気があってよろしい。まるで東南アジアの山の中の風通しのいい家のようだ。
 自然道という名前にハイキング気分を予想したらもろくもその期待は打ち砕かれた。かなり登りがきつい。小仏城山に向かう道にところどころ分岐する道がある。そのひとつを前に阿部さん、「この道、城山に行く巻き道かもしれない。こっち行ったほうが近いかも」登りでへとへとの私がこの言葉に素直に従うのは火を見るより明らか。
 「巻き道」は次第に細くはっきりしなくなる。がしかし、ところどころたけのこを掘った跡もある。「近くに民家でもあるのだろうか」意味のわからない石の標識もありどんどん行く。木立の間から高速道路の車が見えた。しかし「巻き道」は全くはっきりしなくなり、しかも谷へ向かって急激に斜度がきつくなった。「おかしい。どこかで間違えた」初めてこの時道を間違えたのに気づいた。それでも何とかルート開拓しようと進むと足を滑らして数メートル谷へ滑り落ちてしまう。手に触れた木をつかんで何とか踏みとどまる。「やっぱり戻ろう」私のこの事故を見て阿部さんが言った。もう少し行けばエイドにつくんじゃないかと思い彼女の提案になかなか同意できなかったが、あたりも暗くなり、もしこのやぶの中で夜を迎えたら遭難だと気づきようやく踵を返した。帰りはあっけなくもとの道にたどり着いた。約1時間悪戦苦闘したことになる。
 やっとエイドについたらやはり舘山・藤原組に追い越され3位だった。ここでもゆっくり腹ごしらえして再スタート。サンドイッチがうまい。「よかった。山で遭難しなくって」
 一般道に出てから調子は上向き。相変わらず暑くてよく水を飲んだ。民家の外にある水道には一応心の中で許可を得ました。車のディーラーの地面に埋没してある水はひどかった。口に含んだとたん渋くて口がひん曲がりそう。よほど汚染された地下水なのか。まあ最も無防備でこんなものを飲もうとした私も悪かった。阿部さんは以外にも一般道に出てから少しずつ遅れ始めた。しかし「炭酸飲むとまた元気が出てくる」といってがんばった。普通なら次第に遅れが目立ってくるのだが、ここが彼女と一般ランナーの違いか。大幅な遅れにはならなかった。「小野木さん、いいですよ先に行って」といてくれたが、ここまできたらさきに行くわけは行かない。一緒にゴールしようと思った。それに阿部さんは実によくルートを理解していた。コースの説明を熟読したという。交差点で迷うこともなく、こっちのほうがお世話になった気がする。川越の町が近づくと気持ちと足がが楽になった。12時半ごろゴール。ゴール直後から雨が降り始めた。ラッキー!

 
2004.06.09

今日こられた患者さん、25歳のとき子宮筋腫で手術したときからから45年も週一のペースでホルモン注射をやっていてひげが濃くなったとのこと。妊娠中も休みなく注射をしていたというので、子供の身に何もなくてホントによかった。はっきり言って非常識な治療だ。つい3年前まで行っていたというので、昔の何をやっても問われない頃の話じゃないんだね。

うちに来ている患者さんの中に、モーターボートのレーサーがいます。成績が即収入に影響するので非常にストレスのかかるハードな仕事です。転倒して汚い水をがぶ飲みしたり、鞭打ちになったり、レースが終わるとボロボロになり体中がむくむというのです。ウルトラマラソンだけではないんですね、からだのむくみは。スポーツにおける体のむくみに関するは研究が遅れているようですね。
2004.06.04
いやほんといい天気ですね。湿度も高くないし、からりと晴れて。こんな日は患者さんが少ないです。
100キロマラソンの3日後に採血したら軽度肝機能障害と貧血があった。昨日までだるかったのはそのせいだね。恐らく肝機能障害は2,3日で解消するだろう。貧血はこのところ増血剤を服用していなかったことが原因でしょう。また時々飲もうっと。今日は体調よいのでほぼ肝機能は正常だと思う。100キロはこんなもんだけど、250キロの後のダメージはこの数倍はある。十分な休養が必要だね。
2004.05.31
昨日の影響はあまりない。筋肉痛もほとんどなく、むくみも今までとは比べ物にならないくらいに少ない。まじめに走らなかったから??
2004.05.30
埼玉県戸田市の彩湖で100キロマラソン参加。結果は自己最悪の10時間1分55秒。後で知ったけど埼玉県はこの日34度もあったんですってね。真夏の蒸し暑さがないだけ救われたけどちょっと暑すぎた。体調は足のほうは全く問題ないけど、睡眠不足と腹の具合が悪く気持ちが乗らず途中で走るのが苦痛になった。今後の対策を練らなくては・・・
2004.05.26
通勤ラン快調。そろそろ暑くなりかけましたね。でも真夏の通勤ランは靴まで汗でびっしょりだからそれに比べるとましか。
2004.05.25
このところ尋常性乾癬の患者さんが非常に多い。一日一人以上の割りで新患が来ている。ほとんどの患者さんはいままでの皮膚科での治療はステロイドだけという。どうしてビタミンD3製剤を使わないのだろう。また皮膚科は漢方薬の勉強をするべきだと思う。こんなに有効な薬を使わない手はない。
2004.05.22
このところいい走りができていなかったが、今日は久しぶりにまあまあの走りができた。250キロ走った影響というものは100キロの比ではない。まだほんの少し気管支炎が残っている。
 この一週間は患者さんも少ない。でも一日に2人くらいは風邪の人が来る。熱くなったり寒くなったりで一定しないだからだろうか。
2004.05.15
今年度の乳がん検診に超音波診断を導入するに当たって検診施設を中心に集まり検診体制の説明と講義がありました。講義の後ある施設から、「視触診だけでも60%の発見があり、エコーを導入しても20%しか発見率が上がらないのなら視触診も捨てたものじゃない」という発言があり、それに拍手する医師がいた。この辺が検診の意義を理解していない証拠ではないか。検診に求められるのは早期発見による死亡率の低下である。視触診ではこの目的が達成されなかったのだ。そのことをわきまえなければエコー検診を導入しても見逃す可能性はあります。この一年が思いやられます。
2004.05.10 24時間レース中止
 スポーツエイドジャパンの舘山氏と相談の上、24時間レースは中止。代替案を考えることにした。君主危うきに近寄らずだ。
 雨の中の萩往還で傷めた気管支が治らずにせきがひどい。
2004.05.09 元総会屋とやりあう
 養老渓谷の東大演習林の中を舘山氏と9キロほど走った。普段一般人が入ることはできないところで、ここが本当に産廃銀座の千葉県なのかと思うほど空気が澄んでいた。メタセコイアの植林などあり、紅葉の時期はもっときれいだろうなーと思う。東大っていいとこ取りしてるよね。
 5月29,30日に高滝湖周辺の道路で24時間走を企画して地元町内会に連絡し、承諾をもらったのだが、高滝地区に住んでる元総会屋が文句をつけてきた。「こんなことやられたら地元民は迷惑する。自転車と接触して地元民が怪我でもしたらたらどうしてくれる。俺は過去にも射撃の国際大会を中止寸前にまでしてやったことがあるんだ。」「お前ら自分の住んでる地域でやったらどうなんだ」「大体、こんなことして体にいいことない。徹マンしたってフラフラなのに、救急車騒ぎなどあったらどうする」などなど、何を言っても揚げ足取りと重箱の隅つつき。同席した9人の理事たちも蛇ににらまれたかえるのごとく、過去に開催を承諾したくせに「開催は迷惑」などという始末。ケツメドの小さい奴らだ。一応この場は「救急車騒ぎ、地元民の苦情が出たら即刻中止」という誓約書を書くことで了承となった。
 夜寝ていて思い出して、「何でこんな屈辱的なこと言われなければならんのか」と怒りがこみ上げてきた。
2004.05.08 日医ジョガーズ全国大会
 午後、日医ジョガーズの全国大会が長柄町の日本エアロビックスセンターで開催されました。私は日医ジョガーズのmemberではないけれど、パネリストとして参加。増田明美の講演があり、講演の前の30分増田明美と話をした。彼女はひっきりなしにメモを取っている。もっぱら私のレース(ウルトラマラソン)について質問を受けた。本当かどうか知らないけれど、「え?こんなこと知らないの」ということまで聞かれた。たとえば、ランニングハイの原因とか、「ランニング中に横腹が痛くなる原因など、よく市民ランナーの質問にあうけれどもその原因がやはり専門のお医者さんに聞いてはっきりした」というのだ。「そんなこと今まで増田さんの身の回りにいる人で教えてくれる人はいなかったのかなー」と感じた。
 パネルディスカッションは結構私への質問多く、関心の高さを実感した。
 今夜は日医ジョガーズの懇親会には参加せずにスポーツエイドジャパンの舘山氏と病院で一杯やる。
 昨日採血の結果、腎機能異常なし、しかしGOT,GPTはまだ3桁の異常値。250キロランの影響は100キロの日ではないワイ。
2004.05.06 萩往還の結果報告
ご無沙汰していました。萩から帰ってきました。
第16回萩往還マラニック250キロの部では2連覇することができました。しかしレース内容は決してよくなく、タイムも昨年のタイムより4時間も遅かった。でも2位との時間差が2時間あるからよしとするか・・・。今回のレースの反省点は前半100キロで追い風にあおられてかなりのオーバーペースになったことだ。結局120キロあたりからスピードダウン。萩市内はかなりペースを落としてしまった。ほんのわずかなのぼりも歩きでした。来年に向けていい勉強をしたと考えましょう。
体のむくみは今日もまだあります。今日血液検査しました。腎機能どうなっているかな。
2004.05.01
さあ、午前の診療が終わったらいよいよ萩往還に出発!!
2004.04.30

連休まえなので大変混み合いました。今日一日で70人。
2004.04.29 三次救急ってこんなもの?
今日は夜から休日夜間診療の当番。吐血、下血の男性患者が着ました。顔面蒼白ですが、足取りは軽くすたすたと診察室に入ってきました。胃潰瘍か胃がんかわからないけれどいずれにしろ入院のある施設へと電話。ところがその日3次救急の病院が、緊急手術になる可能性があるのなら受けられないと信じられないことを言った。何のための3次救急なのか!!!
2004.04.27
 今日は雨になる予報なのでもう2日も練習していないから朝走りました。通勤ラン以外の久々の朝ランはスピードこそ出なかったけれどラン後は実に気持ちよかー。
2004.0426
 昨日のウニで今のところなんともないのでとりあえずは安心。そろそろゴールデンウィークが近づいてきているので忙しいです。このところ皮膚科の患者さんが結構来る。尋常性乾癬と思しき患者さんある皮膚科でステロイドを処方されて一時的に治るけれど再発するとのこと。確かに尋常性乾癬は治療が難しいけれど、ステロイドで完全に治ることってあるんでしょうか?その場しのぎの治療ではないんでしょうか。
2004.04.25
 天津小湊の海に行って子供に磯遊びをさせました。大潮ではなかったけれど結構潮が引いていてひじきやイソダマ、ナマコ、を一寸いただいてきました。この日の夕食はこれらが食卓に上りました。ナマコは初めて調理したけれどうまくいった。一個だけ小さなウニつかまえたら案外中身が詰まっていた。生で食べたけど一瞬ひるんでしまった。こうして私の49回目の誕生日は過ぎてゆきました。そして今日は走りませんでした。このことが萩往還マラニックに吉と出るか凶と出るか・・・。
2004.04.21
今日の通勤ランは足首に不安があったのでゆっくり走りました。からだは軽く調子は悪くない。天気もさわやかで非常にいい気分です。
こんな日は患者さんも少ないですね。

2004.04.20

 5月のシティーライフのコラムの原稿を書き上げました。いつも期限ぎりぎり。今回で化粧品に関する内容はおしまいです。しかし化粧品に関する資料を読んでいるうちにおそらくほとんどの消費者は内容を理解しないでメーカーの宣伝やキャッチフレーズに踊らされて買っているんだろうなーと思いました。それだけ化粧品に関する内容は複雑です。最もそれがメーカーの戦略かもしれない。

2004.04.19
 昨日は71.5キロ走りました。キロ5分で走り、疲労感を感じなかったのが今までと違って好調を感じさせます。気になるのが一寸腹が張ってラン後に下痢をしたことです。天気もよく湿度も低く絶好のランニング日よりでした。今日は筋肉痛もなく練習量が多いとこんなにも次の日が楽なのかと思います。
 
 今日の午前中の診療はとても忙しかった。17歳の男の人の採血結果で、尿酸値が7.6と異常高値を示し、コレステロールも正常範囲ながら209とかなり高い数値を示していて驚いた。フリーターで暇さえあれば何か食べているとのことです。

2004.04.17 ホームページ立ち上げ
 ついに新しいホームページが出来上がりました。ホームページ作りには杉原幸雄君に大変お世話になりました。この場を借りてお礼いたします。
 このホームページでは当院の診療内容を広く知っていただくためだけではなく、いろいろな医学情報を一般の方々へわかりやすく噛み砕いてお伝えするつもりです。更に私の趣味であるウルトラマラソンについても独自の切り口で身勝手に好きなことを何のためらいもなく言わせていただきます。

メール小野木医院 千葉県市原市能満1845-37 (地図)  電話0436-75-4049