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   医院の診療日記
    2004年
医院の診療日記

2005.11.23

 今パソコンが危篤状態です。明日入院手術を受けます。かわいそうだけれど入院前に一仕事させています。病状が悪化したら書くのをやめますので内容が尻切れトンボになるかもしれません。ご容赦ください。
 まずは高橋尚子の復活レースについてです。20日の東京国際の直前に右足の軽い肉離れと報道され、「彼女の優勝の芽はないな」と予想したのは私だけではあるまい。それが35キロ過ぎの見事なスパート。確かに復活をアピールする走りだったと思う。しかしこの結果を即「北京への強いアピール」といえるかどうか疑問だ。
 まずそのタイム。2時間24分台というのは決して悪くはない。しかしすばらしいタイムともいえない微妙なタイムだ。あと1分速ければ素晴らしいといえたかもしれない。「軽い肉離れをしていたんだから満足すべきタイムだ」という意見もあるだろうが、本当に肉離れなのかなーと私は疑っています。肉離れの診断も明らかなもの以外は確定診断ではなく「肉離れかもしれない」程度なのです。レース前に不利になるような報道するのもちょっと不思議な気がした。
 今日本女子マラソンで何らかの作戦なのだろうか絶対の強さを持っているのは野口みずきだけでしょう。高橋を脅かす若手が出てきていないのでこのままで行くと高橋は代表になれる可能性が高くなる。
 高橋に対する不安はまだある。故障の多さだ。確か骨折は2回あったと思う。それだけ体を酷使しているのだろう。更年期も早く来て骨粗しょう症になりやすいのではと余計な心配してしまうのだ。チームQには栄養士もついているというが、どんな食事をしているのか見てみたい。サプリは当然使っているだろうが、何を使っているんだろう?いろいろ興味は尽きません。
 高橋といえばシドニーのゴール後の「とても楽しい42キロでした」という発言を覚えている人も多いだろう。ひねくれものの私はそのとき、「本当に楽しかったの?そりゃ優勝したから言えたんじゃないの?もし同じタイムで2位だったらそんなこといえないよね」と独り言を言ったのです。もしレース中楽しいと思ったというのならそれは勝利を確信した最後の1キロくらいじゃないんだろうか。
 こんな風に言っても私は別に高橋が嫌いでもなければ北京に行って欲しくないわけではありません。どちらかといえば野口と一緒に行って欲しいと思います。でも野口が高橋ほどに騒がれないのはなぜなんだろう。マスコミ受けしないのかなー??
 何とかここまで書けたけどこれ以上書くと回復できそうにもないので今日はこの辺にしておきましょう。

 この後の記事はhttp:
//dronoki.exblog.jp/、さらにはhttp://dronoki.seesaa.net/へ引っ越ししました

2005.11.18

 しかしホント頭来るなー。毎月レセプトを社会保険と国民健康保険に提出して診療報酬を請求するんだけど、それを審査して「これは多すぎ、この検査はやりすぎ」などと言って返戻してきたり査定してきたりされる。返戻ならまだまし。説明書きを付け加えるとか場合によってはこちらが誤りを認めることもあります。しかし病名欠落のために一方的に査定されることには怒りを覚える。
 誰しも完璧なわけではない、ケアレスミスもある。特に多くの病名を抱えている患者さんの時はなおさら。今回国保から返戻されてきたものにこんなのがあった。シップを肩に使うように処方したことに対して「処方内容誤り」という理由で査定されたのだ。この患者さんの病名を見ると腰痛症はあったが、肩に関する病名はなかった。しかし更年期障害のこの患者さんは非常に訴えが多く、「肩が凝る、首が痛い」ともいっていたのだ。シップを「わかりました、じゃあ今まで出していたシップを肩につかっていいよ」という流れになるのは当然でしょう。そのとき誰しも神様ではないのだから病名を追加し忘れることもあるでしょう。それを杓子定規に「肩に関する病名がないからこのシップを肩に使用する様書いたお前の処方は間違いだ。保険では支払うことはできない」というかよ。当然あちらも単純なケアレスミスであることはわかっているはず。それを鬼の首でもとって勝利宣言したかのようなこの一方的なやり方は何だ!
 院内処方なら何を処方したかレセプトに書かれてあるのでわかるので、レセプト提出前に訂正できるが、私のところは院外薬局なので処方内容はレセプトに記載されず、提出前のレセプトチェックではチェックできない。すべてのカルテと処方内容を付き合わせるような煩雑な仕事はとてもできない。したがってこのようなケアレスミスが起きてしまうことはある程度避けられない。
 今回はそれほど大きな金額ではないが、以前なぜか高血圧の病名を消してしまって高血圧の薬を出し続けていた患者さんの薬分を査定されたときは高額だったのでちょっと痛かった。しかし査定委員に少しでも配慮する気があれば「高血圧でもない患者さんに高血圧の薬を何種類も出すわけないから、単に病名が欠落しただけに違いない。この病院にその旨注意してあげよう」という心配りがあるものだ。
 国保の財政が逼迫していることや、医療費を削減したい気持ちはわかるが、こんな重箱の隅を突っつくやり方で何が変わるというのだ。そんなことよりいちいち病院のレセプトと薬局のレセプトをつき合わせて整合性のあわないことを見つけ出して喜んでいるような査定委員をリストラして人件費を切り詰めるのがよっぽど効果的な対策であろう。
 こんな思いをしている医師は私だけではなく非常に多い。この日記で少しでもみんなの溜飲を下げられればと思っているが、あんまりやると仕返しされるかもしれないな。え、もう遅い?でもね、査定している人間が医者である可能性があるんだよ。国保に文句の電話入れても誰が査定しているのか教えてくれないが、確かに医者がある程度は、もしくは相当に関与しているんだ。物陰に隠れて石をぶつけるような行為だよなあ。自分たちのレセプトもおんなじに扱っているのでしょうか?はなはだ疑問。あ、いけない、また過激なことかいてしまった。
2005.11.15

 うーん、筋肉痛・・・。ちょっと情けない・・。でも13日のレースは普段練習していない山道だったからしゃあないか。
 今日一日で23人ものインフルエンザの予防接種の患者さんが来た。鳥インフルエンザがはやると何十万人もなくなるといった報道がされてみんなびびったのかもしれない。インフルエンザの薬タミフルで異常行動を起こし自殺した例が2例あるという報道もあって、みんな戦々恐々としているようです。でもタミフルで自殺ねー。インフルエンザそのものによる異常行動の末自殺したんじゃないのかなー。
2005.11.13

 からりと晴れた気持ちのいい秋晴れの下、230人が参加して第3回スーパークロカンが開催された。このレースは西武秩父線正丸駅(300m)まえスタートし、正丸峠、伊豆が岳(851m)、子の権現を通って正丸駅に戻る全長17キロの山岳道中心のランニングレースだ。私の復帰第1戦としては距離的には丁度いいが、アップダウンのこのコースはちょっと負担が大きいか?そんな思いもあって最後尾からゆっくりスタート。その後徐々にスピードアップし、登山道に差し掛かる。登山道は狭いので追越が難しい。しかしそれがむしろオーバースピード気味になるのをを押さえてくれたように思う。登りより下りが滑りやすくびくびくしながらだ。トレール用のシューズをはいていたランナーはこんな時、足がすべるのも気にせずがんがん飛ばす。私のは擦り切れたシューズなので注意注意。手袋もしてないのでつかまる木にも注意だ。軍手がひとつ落ちていたのでいただいて手にはめてみたがむしろ滑りやすくなってだめ。周到な準備をするランナーはちゃんと滑り止めのついているグローブを用意しているに違いない。
 準備といえば今回私はバスタオルはもとよりタオル、洗面具、サンブロックなど一切忘れてきた。レース後着替えるときどうしようかと走りながら頭を掠めた。
 伊豆が岳でかりんとうと小さな黒砂糖をもらったが、このくらいの距離だとむしろ食べることによりペースが乱れてしまった。しかし全体の調子は比較的よく、一人にも抜かれることなく走ることができた。結果、1時間56分1秒のタイムでゴール。50歳代の年齢別で3位というおまけまでついた。満足しました。
 今回は復帰後初めてのレースなので会う知り合いのランナーがみんな、「大丈夫ですか」気を使っきてくれた。中には「いい医者を紹介しますよ」という親切な人までいた。奥武蔵ウルトラマラソンのとき、セミナーの講師を予定していて突然キャンセルになったのでみんな私が入院したのを知っているのだ。こうしてまた走れることに今日は十分満足した。
 帰りの電車の中でYさんと同席した。私が最初に萩往還に参加した年、170キロ地点でトップを争った彼はこのところあまり調子よくなく、立て続けに参加申し込みをしたのにキャンセルを余儀なくされているという。最近走るときに下腹部が痛くなるという。本人は整形外科的なものだと思うというが、どうもソケイヘルニアらしいと教えてあげた。時々ランナーに見かける病気だが、特にランナーに多いというわけではないと思う。アメリカをは走ったとき、Kさんもソケイヘルニアになり、時々股間を押さえながら辛そうだった。
 Yさんは「私はしょっちゅう風邪を引くんですよ。免疫力が弱いんですかねえ」と打ち明けた。ランナーに限らずアスリートは風邪を引きやすいと言うのが私の説だ。彼には「超早期に対処すれば風邪は1日で克服することができる。その鍵はニンニクだ」といって、ニンニクハチミツとニンニクオイルの作り方を教えてあげた。しかしニンニクハチミツの作り方を知らないというのは私の本を読んでいないんだな!このもぐりランナー!と心の中では思ったけれど・・・。
2005.11.12

 明日スーパークロスカントリーに参加のため、今日はスポーツエイドジャパンの舘山さんの事務所に泊まらせていただく。入院後初めて会うので、夜1時まで走るイラストレーター柳沢さんを交えて話をする。話の内容は様々、死生観にまで及んだ。
2005.11.09

 通勤ランのとき、高校生と思しき自転車に乗った女性とすれ違う。そのとき強烈な芳香が鼻腔を襲う。自然界にはありえない高濃度の芳香だった。たとえ芳香とはいえ、これほど高濃度だと不快感を覚えるよなー。自然界において強烈なにおいというとスカンクとかウ○○とか不快なものに多くて、芳香というのはもっと控えめなんだよ君。いくらいいにおいだからといって強烈なそれを体に降りかけるのは周囲の人にとっては迷惑だって言うのわかんないかい?個室でタバコ吸われるのと同じ迷惑じゃないかな。それにその人工物、長い間使っていると健康と美容上で大きなしっぺ返しが来るぞー。今はまだ若いから気づかないけどしみ,しわ,アレルギーの原因になるんだぞー。と、まあたとえ本人に言ってみてもわからないだろうね。 この高校生とすれ違う3分前にイチョウの木の下を通ったんだけど、銀杏のニオイのほうがずっと控えめで心地よかったよ。ついでに夕方銀杏拾いに行ったが、ほとんどとられていて収穫は8個だけ。夜焼いて食った。
2005.10.31

 昨日東京でメディカルビューティーフォーラムに参加した。最新の美容、特に抗加齢療法というか若返り療法の最前線を見聞きした。この分野の発展はこのところ著しく、様々な機器が開発されている。そして発表される症例はいずれも驚くほどの治療効果だ。最も非常に効果があった例を提示しているのだろうけれど・・・。多様な患者さんの悩みを聞いているとそれぞれ少しずつ治療方法を変えていかなければならず、どうしても高額な機器が必要な気がしてくる。そこがメーカーの思う壺なのだろうが・・・。1日中会場に缶詰になってああ疲れた。
2005.10.27

 糖尿病で通院している患者さん。食事量を減らしたのにこのところ2,3キロ体重が増えたという。よく話を聞くと「老人は高たんぱく食を食べた方がいいと女房がみのもんたのテレビで言っていた」というので実践したというのだ。老人と高たんぱく食の関係はある根拠があるのは事実だが、問題はそれをテレビなどで広く表面的な知らせ方をすることによって普通の人は「じゃあ今晩はとんかつだ」「焼肉食いに行こう」と都合のいいいう解釈をすることなのだ。本来もっと厳密な食の処方をしなければならないのに、浅薄な捉え方をされてしまう。
 肉は赤身であっても20%の脂を含んでいる。また調理法で油を使うことが多い。したがってカロリーオーバーになりやすい。その辺きちんと理解している人は実に少ないのだ。今や医者の敵はみのもんただという。医者のいうことは聞かなくてもみのもんたが言うとみんな「うんうん」とうなずいて「○○がいい」というと一斉にお店に走るのだ。ゲストとして出演している医者も責任重大だ。自分の意図することと全く違うことが起こっている現実に目を向けずに、ニコニコ芸能人ぶっていちゃいけないよ。
2005.10.26

 今日も快調通勤ラン。中間地点でゴールタイムは1時間24分くらいと予測したが、その後のペースの落ち込みがなく、1時間22分11秒でゴール。4日前に次ぐ好記録。これで20キロくらいまでの距離は完全回復。
  昨日米国アラバマ州でユーチパイン自然療法を実践しているドン・ミラー氏の講演を聞いた。食事と様々な疾患の関係、どんな食事をすればいいのかといったことに関連しての話であった。小食と玄米野菜食というところはゲルソン療法、西式健康法と基本的には同じである。違ったのは夕食を抜いて18時間の食事をしない時間を持つというところ。これはかなり難しい。朝食を抜く西式健康法はそれほど難しくないが、夕食を抜くとなるとまず社会生活の多くの部分が制限を受けてしまう。
 そこで朝食を抜く方法と夕食を抜く方法の違いについて尋ねた。ミラー氏は「簡単だからといってその方法がいいとはいえない。朝食を抜くと日中の生活活動に支障をきたす。それは脳が糖を活動エネルギーとしているからだ。一方、夜は消化器がたんぱく質の消化をあまりしてくれないし、横になるという体勢が消化活動にとって不都合だからだ」という答え。
 脳が糖分を唯一のエネルギー源とすることをあげるなんて精糖会社の宣伝みたいなことを言うなーと思った。その事実は正しいのだけれどだからといって食事をしないと頭脳的活動ができないわけではない。むしろ断食をすると頭がすっきりして仕事がはかどるということを言う体験者は多い。ただ夕食を抜く、18時間の断食は効果がある可能性はある。夕食はとかく食べすぎる傾向にあるからだ。よしこれからは18時間は無理としても、できるだけ長時間食事をしない時間帯を持ってみようか。
 私のところには原因不明のアレルギー性湿疹の人が実に多く来る。通り一遍の治療では効果がないことが多い。そんな時食事の重要性を説明するのだが、果たしてどの程度実践されていることやら。「ええ、ちょっと気をつけているんですけど」という返事がほとんどだ。 これからはこういう患者さんがどんどん増えてくるでしょう
2005.10.25

 いやはやほんと不動産に関する職業の人たちの言うことはまず疑ってかからないと大損をするということを実体験した。
 今度医院の近くに自宅を建てるために土地を購入した。そこは以前社宅があって水道管が50ミリのが入っていた。契約前は、これを利用して一般住宅用の20ミリ口径に変えられるから工事費は発生しないと言うことだった。ところが設備会社が「50ミリから20ミリに変えるのは水圧の関係で無理だ」と言っているので、50ミリの水道管は撤去しますというのだ。さらに「新たに設置するには7,80万かかるが、ほかの土地にも水道設備工事するついでに一緒にやれば下水道込みの工事で50万でできるけどどうする」という。そこでしっている設備会社に聞くとふつうは50万でできるという。何だ少しも安くないじゃないか。相場は7.80万だなんて大うそついて!
 これで不信感が募った。水道局に問い合わせると更に信じられないことが。「50ミリから20ミリに変えることには特に問題ない」というではないか!そもそも撤去する必要がないということになる。
 その後確かめると、不動産屋は悪気が合ったわけじゃなく、設備工事の会社が嘘をついて余分な工事を負担させようとたくらんだのにまんまとだまされたのだ。
 水道工事の専門家が、「50ミリから20ミリへの変換ができるなんて知らなかった」との言い訳は許されない。不動産会社も「以前やった時は確かできたんだけどどうして今回はだめなのかなー」と思ったというのだから能天気だ。相手の言葉を鵜呑みするなんて!ちょっとした努力で50万もの大金を設備会社に騙し取られるところだった。
 住宅建築のときに動くお金は大きいので10万20万という額がたいしたことないという錯覚に陥ることがある。注意しなければならないよ。
 実はさらに問題があったのだ。この土地の持ち主はある不動産屋(A社)なのだが、私はそれを知らずに別の不動産屋(B社)にこの土地のことを聞いた。そしたらD社が仲介業者の権利を主張して仲介手数料を支払う羽目になったのだ。じっさいには持ち主がA不動産屋なのでこの仲介不動産屋は大した仕事をせずに多額の仲介手数料を手にしたことになる。普通のサラリーマン感覚からしたら恨めしい額だ。この仲介業者に今までろくな仕事してなかったんだからと思って水道のことを交渉するように言ったが全然だめ。ただA社に問い合わせただけで「先生ずいぶんお安く買ったのだからそれでまあいいと考えて・・・」などというのだ。
 ほんの少しの努力もせずに濡れ手で粟のバブルの感覚がいまだ抜け切っていない。皆さん不動産を買う時は「ま、人がよさそうだから任せて安心だ」などと考えてはいけない。彼らはどんなときも自分たちの利益を最優先に考え、売主、買主の利益は偶然付いて来ればいいか程度にしか考えていない。あーこれから建設会社との交渉もあり気が抜けない日々が続く。
2005.10.21

ついにトンネルを抜けた!今日はスタートから好調。小雨が降る中、やや滑りやすい路面ながら足は軽くどんどんスピードアップ。交差点での待ち時間も少なく一気にゴール。2日前より6分も速く1時間22分7秒だった。やっと本当の体に戻ったと実感する走りでした。
2005.10.20

 久々の晴天。昼に14キロ走る。昨日念入りにマッサージしたので足が軽い。結果、この夏からの不調を吹っ飛ばすような走りになった。1時間5分少々、うーん満足。何だ結局十分な足のケアをサボったのが原因か?
 ひさびさに郷ひろみをテレビで見た。しばらく芸能活動を休んでいたというが、あれで50歳とは思えぬ若さ。30代前半といってもいいくらい。確か芸能活動休業する前はこめかみに血管が浮き上がっていたよなあ。ずいぶん肌質もよくなっている。間違いなくこの休業の間に美容をやっていたに違いない。フェイスリフトに小切開を入れた脂肪除去、強めのケミカルピーリングにフォトフェイシャル、ボトックス、ヒアルロン酸注入。恐らくマスコミがうるさくないニューヨークでやんだろう。しめて300万円か、ホテル代も含めるともっといくか。彼は1年中人に見られていることを意識して生きているというから、気が休まることがなく結構つらいのかなー。ある美容の患者さんが「芸能人はみんなこういうことやってるのかな」と聞いてきた。当たり前。彼に限らずファンが持つイメージを維持しなければならない芸能人は必ず美容に金をかけている。
2005.10.19

「おっと、今日は思ったより調子いいじゃないかよ」
通勤ラン通勤ランで、途中のタイムからゴール時間を計算すると1時間27分。このところの低調な記録を1分更新の予測。天候の悪さを言い訳に練習を4日もサボり、体の切れが悪くなるのを日増しに感じていたし、昨日は久々に肩や背中の筋肉が張っていたい。今日のランも大した事ないだろうと思っていたところだったのでうれしい。中間地点をすぎてもそのペースは落ちない。ところが、あと3キロ当たりで時計を見ると27分では着かない事がわかる。「おいおいどこで狂った?」こうなったら意地でも記録短縮だ。ラスト2キロスピードアップして時計を見てがっくり。4日前と比べてたったの10秒しか速くなかった。やはり練習してなくて記録短縮はありえないよな。
2005.10.09

 ティンバーフレームという工法で建築中の家を見に行く。日本で建築に携わる人の中でもこの建築法を知っている人は数少ない。したがって建築現場も非常に限られていて見る機会が滅多にない。たまたま今日見学させていただくことができたので出かける。
 ティンバーフレームとは20センチ角の太い材を使って軸組み工法で建てる。日本の民家と非常に似ているが、柱と梁の間を斜めに方杖というつっかえ棒があるのが特徴だ。私も初めての見学なので2時間以上担当者と話をした。担当者は私の質問に明確に答えてくれて、十分理解を深めることができた。これが住宅公園のモデルハウスなんかに行くと何質問してもろくに答えられない無知な担当者がほとんど。みんなよく何千万円もの買い物をこんな無知な人を信用して買うなあといつも思う。私はいくら住宅関連の本を読んでも何がいいのか判断できず、住宅関連業界の閉鎖的で自己中心、顧客ないがしろの体質に腹が立ってしまうのである。
2005.10.08

 パキスタンのアフガニスタンとの国境近くのペシャワールで長年医療活動をしている中村哲医師の講演を聞きに行った。実は私は1996年頃海外で医療活動をしたくてペシャワール会に電話をかけたことがある。確かその当時は会が医者を雇っていなかったと思った。また、自分としてもその地域に強い興味があったわけでもなかった。結局ペシャワール会には入会せず、別の団体でボスニアに行ったのだ。
 中村医師の話は非常に興味深いものだった。相当の苦労があったに違いないが、そのことをことさら強調しない。荒涼とした大地も灌漑で見事な緑の大地に変わる。医療以前に食べることが大切。教育が大事というグループもいるが目の前に横たわっている問題はそれ以前のものであること。たのグループは報道がやむと蜘蛛の子を散らすような形で消えていった等々、地元にしっかり根付いた内容なので聞き応えがあった。
 しかし自由とデモクラシーの名の下に繰り広げられる殺戮には、静かな口調にも激しい怒りを滲ませる。また報道がカーブルの中産階級以上の目から見た内容であって、人口の90%以上を占める農民の側に立った報道ではないこと。ホールから「我々に何ができるか」という質問があったとき、こういう報道に対してそのまま受け取ることのないように疑いの目で見て欲しいと付け加えた。
 一瞬声を詰まらせるシーンがあった。赤痢等で次々に亡くなる乳幼児の話のところで、遠い道のりを病院まで歩いてきても、治療を受ける前に母親の腕の中で子供が冷たくなっていくという話に及んだときだった。
 いくら努力を積み重ねていても報われないことも多いはず。せっかく育てた医師たちが、目先の欲に駆られて米軍の医療施設に移ってしまい、診療所を閉鎖せざるをえなくなったときなど「やってられっか、こんなこと!」と私だったらさじを投げ出すかもしれない。
 「表面的でマスコミの受け狙いの援助が終わったときに自分たちの本当の活動が始まる」という言葉は実に重みがあった。今日本中にいる政治家でこれだけ心に響くことが言える政治家はいないだろう。それは言葉だけが上滑りで先行してあとに続くものを持っていないからだ。日本国民はそんな政治家でも「まだまし」という視点で選ぶ。
 中村医師は日本がどんどん右傾化して戦争をする国に変わっていく事に強い不安を感じている。どうして憲法を変えてまでして戦争をしようとするのか、そういう政治家を何のためらいもなく国会に送る国民の考えを私も理解できない。
 講演の内容に比べてフロアーからの質問の一部が質が落ちていた。抽象的で何を答えていいかわからない質問で、自分の意見に一致した答えを期待するようなものだった。
 ボスニア以来ボランティア活動に寄付したお金がまともに使われていないことを実感したため、ボランティア活動には寄付はしてこなかったが、今日は話に十分満足したので寄付をして帰途についた。
2005.10.07

 スパルタスロン追加。今年のスパルタスロンの天候は、スタート時点でくもりで涼しく、3時頃に暑くなり、夜中に大雨。雨をうまく避けられたランナーもいたかもしれないというので局地的な降り方をしたのかもしれない。それにしても道路が川のようになっていたというからただ事ではない。この季節ギリシャは乾燥しているのだから、これも地球温暖化の影響かもしれない。
 この天候が災いしてか完走率は40%きっていたようだが、気象条件はみな同じと考えよう。この天候の中、1位のルーカスの記録は24時間26分とすばらしい。3位も26時間33分だから上位に入る人はみな実力を発揮しているのだと思う。まだまだ日本人の考えにシビアさが足りないんじゃないかい?
2005.10.04

 やっと通勤ランで小さな殻を破ることができた。この1ヶ月の平均時間より3分速かった。それでも入院する前の状態にはまだ達していない。完全回復までにあと2週間くらいかかるだろうか。今日は朝からどんよりしていて路面もぬれていた。Tシャツで家を出たが意外に蒸すので失敗したと思った。でも途中から霧雨に降られ救われた。
 今年のスパルタスロンの結果が出た。1位はルーカス。私が1999年に3位になったときに初優勝した選手で、その後も常に上位入賞し、もう優勝回数は4回かな?私は彼の走りは250キロクラスのウルトラでは理想的と思っているので自分の本で「スパルタスロンでは彼の走りを手本とせよ」と書いた。しかしランナーという人種は素直に自分の走りを変えるほど従順ではない。というより、相当頑固だといった方があたっている。何度失敗してもそれに学ぶというより、過去の偶然うまく行ったことの再現を夢見ているのだ。こんな博打打つような走りをしているから今年も日本人選手の成績はあまりよいとはいえない。
 医療もそうだよなあ。謙虚に失敗に学ぶことをしないと同じ間違いを重ねるんだよなあ。
2005.10.03
 昼に走っていると、ゆるく左にカーブした4メーター道路の右の路肩に、軽自動車が45度に傾いて今にも畑に転がり落ちそう。JAF(?)の車が来て引っ張りあげようとしているところだった。運転手と思しきおじさんが私に向かって「すみません」と声かけてきた。90キロくらいありそうなおじさんよく畑に落ちなかったねえ。
 きょうもいい天気ですねえ。土手には真っ赤な彼岸花。ところで彼岸花って葉っぱを切らないと花が咲かないって知ってた?不思議な花ですよねえ。それに根茎には毒があってミミズが寄り付かないんだって。したがってミミズをえさにするモグラも寄り付かないらしい。言われてみればあの毒々しい赤は根茎の毒を意味していたのかもしれない。モグラ被害で困っている人、彼岸花植えてみたら。何?ミミズがいないと有機物の分解ができないから困るって?ざんねんながら日本のミミズの分解力は弱いらしい。土の富栄養化には西洋イトミミズを使うんだって。  
2005.10.01
 今日の通勤ランはスタートが遅れた。普段より10分近く遅いのでこのところのスピードで走ると確実に遅刻。というわけで今までのような走りはしていられない。がんがんいく。いつの間にか足の動きも軽やかになり2ヶ月前のような走りをしている気分になってきた。時計を持っていなかったのでどのくらいのスピードで走っているかわからなかったが病院到着は余裕だった。結局退院後の体が重いという症状は気持ちの持ちようでどうにでもなるものだったのか?明日からの走りに期待!
2005.09.29
 このところめっきり涼しくなりましたねえ。通勤ランするときに果たしてランパンで大丈夫かなと一瞬考えてしまいます。昼ランは快適の一言。汗はかいても流れるほどではないし、日差しもあまり気にならなくなった。今月の走行距離はやっと200k。いまだに調子に乗れずにいる。
 確か明日はスパルタスロンのスタートだったなあー。参加しなくなって5年もたつと興味は全くなくなってしまった。何も不透明な参加料支払いなどで不愉快な思いしてまで参加しなくても、近場のレースで十分に満足できる。しかしずっと参加し続けると麻薬みたいなもので毎年参加しないといられなくなるのだ。一度それから離れると「何だ大した事なかったじゃないか」と我に返ることができるんだけどね。
 最近風邪が少し増えてきているようです。朝がたの冷え込みが原因でしょうか?みんな、注意しようね。

2005.09.21
 今日は涼しく通勤ランも気持ちがいいですねえ。体も軽くなりさぞかしタイムも・・・と思ったらいつもと変わらずがっかり。ここしばらくは涼しそうなのでまじめに走りましょう。
 家を建てようと思っている。いまホットな話題の内断熱、外断熱、高気密高断熱、計画換気に関する本も読んだ。ログハウスは前から興味があった。でもどれにしていいのか迷っている。古民家風、山小屋風、新居当時から何年も住んでいるような家。アンティークというのとはちょっと違うけどうまく表現できない。海外ではティンバーフレームという工法が注目を浴びつつあるけれどそんな感じでもいいけれど、ちょっと和風の方がいい。このわがままな希望を全部受け入れてくれるところがなかなか見つからない。
 高いものなのでみんなに作ってもらっていいと思ったものを選ぶというわけにはいかないから迷ってしまう。更に不透明な建築業界である。部材に2,3割上乗せして請求するなど当たり前らしい。もしかすると医療業界より腹黒いかもしれない。
 この医院を建てるときに後悔しているから余計慎重になるね。どこかに信頼できる有能なしかも手数料をぼったくらない設計士はいないかーい。   

2005.09.18

  今日も暑い。例年なら甲府から川越までの141キロのレース雁坂峠越えに参加しているんだけれど、今年は自然気胸に見舞われたので参加を見送った。夜10時過ぎに藤島君から電話あり。昨年雁坂峠越えで2位のランナーだ。レースはとても暑くて前半かなり抑えていったが後半結構歩いてしまったし、吐いたりしたという。ガスターを飲んでいたというが、量的には不十分だったかもしれない。それでも自己記録更新だから立派なものだ。

2005.09.17
  夕方ランニング。まだまだ体の動きはぎこちない。おっとっと、やばい。引きずるような走りのため、つまずいてしまう。3,4秒四足歩行をしてしまう。「手だけならまだ怪我は少ない、腕や肘をつかなければ・・・」と思ってがんばった。10歩くらい手で走っただろうか、何とか体勢を立て直した。この間実は頭の中を巡ったのは「誰かに見られていないか?」だった。「転ぶ前にしばらく誰ともすれ違わなかったし、視野にも人影はなかった。あとは家の陰に人がいなければ完璧」あーあ、俗人だなあー俺って、まだまだ人目を気にするあたり甘いな。
 不幸中の幸いで手に怪我はなかったし、これ以降走りが軽くなったような・・・。20キロを1時間43分で走った。


2005.09.14
  陰日なた まだらの空気を 走り抜け 
 まだまだつらい通勤ラン。ほとんど日陰はないけれど、時折入る日陰で肌に爽やかな空気を感じる。また走る方向によっては向かい風となり、心地よい風を受ける。しかしこの句には季語がないな。
 シャワーを浴びたあと季節外れの日焼けの痛みを首筋に感じたりして、あらためて真夏の入院でブランクができたことを思い出した。

2005.09.13
 「思いー込んだーら 試練の道をー」というアニメ「巨人の星」の主題歌のフレーズが、今日の昼休みランのときに頭に浮かんだ。ちなみに私は巨人ファンではありません。むしろ野球界の日照を独り占めしようとする体質に反感を覚える立場です。
 今日のように炎天下の中を汗だらだら流して走る自分の姿を、星飛雄馬の困難に向かって突き進む姿とダブらせたわけじゃありません。
 このテーマソングが流れているときテレビ画面にはローラーでグランドを整地している星飛雄馬が映っていた。それを見たある人が、「あの重そうに引いている丸いものがコンダラって言うのか」と考えたそうで、「重いコンダラ 試練の道をー」と口すさんでいたそうだ。私もこのところの練習不足で体が重く感じられ、ついついコンダラを引いているような感覚に襲われたというわけ。今月まだ85キロしか走っていないよう。

2005.09.12

 日記をしばらく書いてませんので、ここでまとめて書いちゃう。
 走るほうでは、はっきり言って特に書くことがありません。あまり一生懸命走っていないのが一因。昼休みに打ち合わせが多く、時間が取れないのです。じゃあ朝走れって?はいそうですね。ごめんなさい。
 人間は常に言い訳を考えます。「揚げ物が多いんじゃないの、野菜が少なくなっていませんか?」というと「どうしても若い者と一緒だから」「外食が多いので」という答えが必ず返ってきます。言い訳を決してしない人間に今まで会った記憶がないような気がする。いやもしかすると会っていたかもしれないが、長い付き合いをする相手でないので本当に言い訳をしない人間かどうかわからなかったのかもしれない。ということは決して言い訳をしない人間は人間として付き合っているとつまらないとか窮屈だとか?それでもそういう人にあって見たいナー。
 選挙が終わった。自民の大勝だったが、焦点が郵政民営化だけに絞られてしまい、本当に国民はこんな結果で満足しているのだろうかと大いに疑問だ。郵政民営化法案が国会を通ったら、あとは巨大勢力の自民のやりたい放題じゃないでしょうか?郵政民営化が改革の本丸だとか、これができなきゃほかの改革ができないとか言うけど、今まで改革をしてこなかったのはあんたらでしょうが!
 みんな小泉さんのうまい言葉に乗せられ「そうか郵政民営化をしてくれる人たちはこれからどんどん改革してくれて、今の自分の苦しい生活が少しでも楽になるかもしれない」と酔わされているような気がしてならない。
 

2005.09.01
 今日は防災の日とかで、地震に対する報道が目立ちます。東京だけで大地震が起きたら帰宅難民が390万人出るとか。帰宅難民は職場や学校が自宅からおおむね20キロ以上はなれていると定義するらしい。こんな時ウルトラマラソンやっていると「へ?たったの20キロ?いつも走っている距離じゃん」と意に介さないに違いない。地震のとき水不足も言われるが、20キロも走るうちには一箇所くらい給水はできるだろう。炎天下でなければまずは大丈夫だ。最も水500ccくらいは常時携帯していた方がいいだろうけど。
 それと最近、非常食で火がなくても温かくして食べられるカレーや牛丼を食べたことがあるが、これから買おうとしている人はやめた方がいいです。まず味が悪い。どれもすごく甘く、素材の味が失われている。作った会社が食品会社でないから味は二の次なのかもしれない。また一食分がでかい。こんなもの担いで逃げたら逃げ遅れてしまう。個人で用意するものではない。しかし避難中にそこまでして贅沢したいのかねえ。日本人のかなりの人が肥満気味だから避難中にダイエットできるとポジティブに考えたらどうかねえ。こんなこと書くと非難されるんだけど、実際ボスニア・ヘルツエゴビナの内戦のとき糖尿病の患者さんの病状がよくなったとか、肥満の人が激減したとか言います。
 私だったら非常食はミックスナッツとドライフルーツで決まり。カロリーは高いし、栄養価も高い。これにビタミンCがあれば完璧。コンパクトで携帯にもいい。でも市販のナッツは塩分が多いので私は市販品は買わない。複数のナッツにいり大豆といり子をミックスにして味もグー。欠点はあまりにもうまくて取り合いになり、避難所で喧嘩になることか。

宝くじ購入結果報告:スクラッチはずれ。ナンバーズ全滅。濡れ手で粟のもくろみはもろくも砕け散った。
2005.08.31
  通勤ラン。昨日よりはいいけどやはりベストから10分以上よけいにかかる。しかし今日は涼しいね。ランもすごく楽。でも病院に来る人たちの挨拶は「蒸すねえ」。いいんじゃないのこのくらいのむし暑さは。ベストの快適さを求めないでよ、天候には手を加えられないんだから。
 糖尿病の高齢女性、暑いから外に出ないで家の中にばかりいてついつい甘いものを食べ、体重も増えたという。よくある話だけれど、生活を同じにしているわけではないから毎回毎回同じ注意しかできず、自分が小言を言っているおふくろみたいに思えてきていやになる。いっそのこと何もアドバイスしないほうがどんなに楽か。

2005.08.30
  昼ラン9キロ。スタート直後から両太ももが突っ張っている感じで痛い。小またでちょこちょこ走る、というよりそんな走りしかできず。幸いいためた小指は痛くない。骨折はなかったと断定。靱帯が切れただけだろう。
 世界陸上にも出たことあるランナーが受診する。疲労骨折と生理がこないことが受診理由。よくある相談です。誰でも知っている有名な企業のランナーだけれど、理想的なランナーの健康管理をおこなっているとは思えない。まず食事がよくない。栄養士がついているというが、合宿ばかりで日本を離れることも多く、そこでの食事は中華のバイキングとかでランナーにとってはかなりまずいんじゃないの?サプリは使っていないが、市販のアミノ何とかを飲んでいるという。アミノ酸はいいけど市販品に含まれる砂糖がいけないんだよなー。監督はやせろやせろというばかり。これじゃあ使い捨てのイメージがぬぐえない。

2005.08.29
  今日宝くじを買った。ナンバーズとスクラッチ。ナンバーズの結果はお楽しみ。スクラッチは自分がやったので当たったのは100円だけ。やっぱつきはよくないと判断。残りはくじ運の強い息子に託す。
 ところで足のほうは結構回復がいいのでそろそろ走れるかもしれない。骨折はなかったのかな?
2005.08.26
  台風接近していたので病院に泊まったんだけど、朝8時半に電話で起こされるまで爆睡した。普段なら遅くても6時半には目が覚めるんだけれど外が暗いこともあって泥のように寝てしまった。職員からの電話であわてて起きたときに右足の小指を激しくぶつけてしまう。骨折していなければいいけど。
 次第に小指がはれてきて内出血が明らかとなる。レントゲンを撮ると、はっきりとはしないが骨の一部がはがれているような気がする。骨折??明日の通勤ランは無理か・・・。
 どうも今年の後半はついていない。おとなしくしていたほうが身のためかもしれない。でも待てよ、ついてないのは自然気胸と今回の骨折(?)という健康に関することだけだ。こんな時、案外金銭面で普段とは違う強運を呼び起こすかもしれない。宝くじ買ってみようか・・・?

2005.08.24
  通勤ラン17キロ。カメ並みのスピード。普段より10分以上も余計にかかる。走っている最中から筋肉痛が出るなど情けなーい走り。食後には睡魔に襲われ、いかに体力が落ちたか明らかだ。でも一時的な体力の衰えというのはすぐに回復するものだ。来週からはもっと元気に走れるでしょう。

2005.08.23
  ゴーヤがとれすぎる。病院の庭の一角にゴーヤが2本あります。このところ次々に大きくなって食べるのが間に合わない。子供たちはこんな苦いのは食べないので、私が7割くらい食べることになる。
 しかしゴーヤってえらいね。消毒もしないで勝手に大きくなってくれ栄養価も高いんだから。ミニトマトと、モロヘイヤ、それにゴーヤはいずれも農薬なしで作れるから夏に積極的にとって欲しい野菜だね。

2005.08.22
25日ぶりのラン
  昨日ランニング再開しました。なんと25日ぶり。こんなに間が空いたのは、レースといったらスパルタスロンしか出ていなかった8年前以来のことかもしれない。
 走り始めは足も心臓も他人のものみたいに違和感があった。スピードもキロ6分がせいぜい。それが5キロをすぎたところから次第に自分の感覚を取り戻し、スピードも上がってキロ5分。久々にいい汗かきました。そして筋肉痛は?予想外に少なかった。でも10キロじゃあね。当たり前か・・・。これからどんどん練習量を増やして・・・と言いたいところだが、忙しくてなかなか増やせそうにない。まあ、無事に練習再開できたことだけで満足しましょう。

2005.08.15
院長の闘病日記 
  ついに退院。CTで肺のふくらみを確認し、管を抜く。入れるときとは比べ物にならないくらいあっというまの出来事だった。医師から退院許可を告げられて思わず「万歳!」と両手を挙げた。風呂に入ると2週間洗えなかった左大胸筋のあたりの皮膚から何層にもなった垢がボロボロ。
 ナースステーションの前で「どうもお世話になりました」と挨拶すると、仕事一徹であまり笑顔を見せない看護師まで 顔一杯の笑顔をみせて送ってくれた。
 病院評価
今回の私の入院は、手術もなく比較的軽い病気で、退院の時期もある程度わかる疾患だったので、すべての患者さんの意見を代表するものではなく、多くの意見のなかのひとつととって欲しい。また私が医者だったので対応がよかった部分もあるだろうし、だからこそ普通の患者さんが気がつかないことに気づいたこともあるでしょう。
 よかった部分
1.医師の患者に接する態度に偉ぶるところが全くなかった。これは私が医者だったからだけではないと思う。しかし、ほかの科のほかの医者ならこうでなかった可能性は大いにある。当たり外れの当たりを引いたという感じ。
2.医療行為の確認が徹底していた。これは全国的に医療ミスの報道がなされ、その大元に患者とそれに対する医療行為の確認(たとえば点滴をするときにその内容と患者の名前を患者自身に確認してもらう)が不十分だったからという、あまりにも基本的な行為がなされていなかったことに対する反省があったからだろう。ちなみに数年前まではこのような確認作業はなかった。
 改善して欲しい部分
1.必要ない仕事はどんどん減らして欲しい。私の場合、すぐに病状は安定したので、蓄尿、排便・排尿回数、食事量の聞き取りなど不要と思う。こんなことに看護師さんの労力を使わないで欲しい。そうでなくても仕事量は増えてくるのだから、どこかで減らさないと・・・。
2.食事の改善
朝、昼、晩と主食の量が全く同じ。8時、12時、18時の食事時間。すべて生ぬるい。野菜の生が少ない。野菜の全体量が圧倒的に少ない。スープ類が塩味濃すぎる(当初塩分の計算はしているのだろうと思ったが訂正)ご飯が固い。普通食にもっと自由選択の余地を持たせて欲しい。等々大幅に改善の余地アリ。
3.シーツ交換が週に1回は不潔ではないか?
4.殺風景な病室。あまりにも治療する側の機能重視。壁に絵など欲しい。
2005.08.14
院長の闘病日記 
  一日病室にこもりっきり。明日は退院と祈りを込めた。
 回診のとき「もう蓄尿しなくていいですか」と先生に問うと、あっさりと「あ、もういいですよ」。もしかすると今まで蓄尿していたこと忘れていたのかも・・・

2005.08.13
院長の闘病日記 
  今朝ある看護師が「今日も外出するんですか」と聞いてきた。今日から私は夏休みだったので特に外出する大きな理由はなかったが、一日中病院にいるのも飽きるのでどうしようかと思っていたところだった。「まだわかりません。外出は先生の許可がなくてもいいんですか」と問うと、「いえだめです」と否定された。そのあと「そんなに毎日外出していいんですか」と驚くことを言われた。「私にはわかりません」と即答したが、ちょっとこの質問には面食らった。この看護師は年齢40台で、もしかするといまだに「患者は負の面を背負っていてその治療のために患者の自由は制限しておくもの」という古い考えが染み込んでいるのではないか。それは逆でしょう。「負の面があるからこそなるべく患者の自由を制限することなく治療する」ことができなければならないはずだ。
 人の自由を制限する医療というのは実に簡単だ。「先生酒はどうですか」「少しくらい運動してもいいですか」「明日実家に帰るんですけれどいいですか」「明日運動会があるんですが、今まで練習してきたので出させてあげたいんです」などと患者さんからよく聞かれる。こんな時全て許可しない医者がいるが、こんな楽な医療はない。もしいうこと聞かずに悪くなれば患者のせいにできるし、よくなってもうらまれることはない。医者のいうこと聞いて悪くなったって、「もし私の言うこと聞いてなければもっと悪くなった」といえる。私ならだいたい許可するよう努力する。その代わり少しでも悪化させないような手段を教えるし、悪化したときの対処法も教える。ある程度の医学知識は必要なのでその説明に時間がかかる。もちろんそれでも悪化することもあろうし、説明が理解できない人もいるだろう。責任はこちらにかかってくるかもしれない。「だめだ」というほうがどれだけ楽か。しかし私は今までこの方法で悪化したからといって不満を言われたことは一度もない。入院と外来の違いはあるが、基本は「患者の自由の制限は最低限に」ということは同じだろう。もちろん生活習慣病の患者さんには食事上の制限は口をすっぱくして言う。またタバコは絶対に許可しない。それでもいうこと聞かなければそれまで。タバコの害を十分知った上での個人の選択にとやかく言うつもりはありません。
 この看護士さん恐らく悪気があったわけではないでしょう。若い頃そのような教育をされたのがそのままなのでしょうね。

2005.08.12
院長の闘病日記 
  今日から胸腔内洗浄終わり。今まで一日4リットルの生理食塩水で洗っていたのだ。少しずつからだが楽になっていく

2005.08.11
院長の闘病日記 
  今日も快調。CRPは1.3 まで下がった。もうじき胸腔内に入っている管も抜けそうだ。しかしもうこの管と暮らして9日となる。今では違和感もなく、次第に自分の体に一体化してきているのを感じる。考えてみればこの管にすくわれたようなもんで、私の命の恩人と言えなくもない。しみじみといとおしさを感じる今日この頃である。
 ところで私は毎日蓄尿していて、朝にナースに食べた食事の量、お通じとお小水の回数を聞かれる。排便回数は覚えているが、おしっこの回数は記録していないのでいちいち覚えていないから「うーん、10回かな」と適当に答えている。一生懸命お仕事しているナースには申し訳ないが、食事の量も記録することはまったく意味ないのじゃないかと思う。だって私は毎日日中外出していて昼は病院食は食べていない。昼に食べる量によっては夕食は半分しか食べないこともあるし、病院の夕食には野菜が足りないのでうちから持ってきて食べている。朝もヨーグルトにシリアルを食べているので病院の食事にはあまり手をつけない。こんな状況で病院食を何割食べたのか聞くことって意味ないと思うな。患者さんによっては間食しているかもしれないしそうなったら食事摂取量が6割とか7割とかなってもおかしくはない。それに病院食じゃ足りなくて更に何か食べたら食事量12割なんて言う答えもあり?。胃や腸の手術をしている人なら食事摂取量聞くのわかるけど、わたしゃ自然気胸ですよ。胃腸とは全く関係ない疾患。みてのとおり胸には管が入っているけど元気に毎日外出して仕事しているんです。食事いくらとっても気にしないでください。おしっこ何回いったっていいじゃない。ウンチの回数そんなに気になる?申し送りのとき「ねえ、小野木さんずいぶん便通いいわね」なんて会話しているのかしら。
 看護師さんたちは「入院患者=検温、蓄尿、食事摂取量、排便回数記録」というのが長年のお決まりになっているんですね。だから私が「いいよ私はやらないで」というと困惑しちゃうでしょうね。なかなか習慣というものは変えられないものです。特に上がこういうことに関心がないと下から変えようとするとエネルギーがすごく要るんだ。
 私が院長なら患者の病状によってこれらの作業ははっきり「時間の無駄」と捕らえてやめさせるね。そしてういた時間を使って患者さんと話す時間を多くしたり、術後管理により多くの時間を割いたりする。

2005.08.10
院長の闘病日記 
  すこぶる体調ヨシ!後はスペースシャトルじゃないが無事帰還を待つのみ

2005.08.09
院長の闘病日記 
 病状も落ち着いてくるとあまり書くことがない。今後の予定は今日で点滴の抗生剤は終わり。明日から内服薬の抗生剤。あさって血液検査でCRPチェックし、その結果で胸腔内洗浄の量を漸減してその後中止。異常なければ抜管。この流れが順調に行って来週初めに退院か。
 ところで入院一週間になるけれど、当然今までと環境ががらりと変わったわけで、その観点から見ると人の体はずいぶん環境に左右されるものだと思った。こんな機会がないと人は滅多に自分のライフスタイルを変えないから、己を見直すいい機会だったと思う。
 まずアルコールを一切飲まなくなったことで体調(特に腹の調子)はいい方に行っている。元来腹の調子は悪くはなかったが、時に下痢傾向になったり腹が張ったりしたことがある。アルコールオフになり今まで以上に快便になる。ただし病院食だけでは繊維が足りず 、便秘になるので野菜を追加している。長生きをするには毎日少量のアルコールを飲むのがいいといわれているが、あらゆる面でこのデータが支持されているわけではない。私の場合自分の体調から考えると、飲んでもせいぜい一合止まりだろう。また病室は一日中エアコンが効いていて(地球温暖化防止の観点からするとこの一週間私は地球にごめんなさいしなければならない)特にビールなど飲みたいという気にならない。酒を飲みたいという心理は私の場合環境から発生するものだと思った。
2005.08.08
院長の闘病日記 
  久々の熟睡じゃった。朝一の体温は35,7度と自分のもっともいい状態に戻った。これからは通常の治療プラス気合と信念で炎症反応を急激に平常化させる、という医者らしくない非科学的手法を用いる。
 大胸筋に刺してあった排膿用のチューブを抜いた。個人的には胸腔内にさしてある太いチューブが早く抜けないか待ち遠しい。これが入っている限り、どこに行くにも西郷隆盛の飼い犬ごとく、チューブから続く排液バックやビンを点滴台にくくりつけて引っ張りまわさなければならない。
2005.08.07
院長の闘病日記 
 今朝も微熱の不快な朝。回診のときこの点を聞くと、「熱はあまり心配ないですよ。血液検査でCRPが11と半減していますし、峰窩織炎のほうも見た感じがずいぶんよくなってますから。どんどん薬を使っていいですよ」といわれ安心して薬を飲んだ。一度で効果は丸一日持続した。
 病気をしていなければ今日は奥武蔵ウルトラマラソンを走る日だ。この暑さの中どんなレースだったのだろうなー、と遠く思いをはせた。
 夕回診のとき医師に聞いた。「退院はいつごろになりそうですか」「早くて来週の初め」(え、あと一週間も?)「普通なら来週末ですね」(そ、そんなー、ウソでしょ!あたしゃその頃練習開始ともくろんでましたよ)「CRPが完全に陰性化して傷の所見も問題なく、肺の漏れもなくなることを確認して、結局それが最も近い道です。早く帰して再燃してまた入院ということもありますから」(俺をそんなに完璧にしてくれなくてもいいです。7割くらい治してくれればあとは自分でやります。だから、だから・・・・)
2005.08.06

院長の闘病日記 
  未明から胸腔内に入っている管の刺入部が痛い。息苦しさもある。吸引装置を調べてみたが、不具合がわからない。朝のレントゲン写真で下肺葉がつぶれていた。原因はどこか装置に漏れがあったのだろうとのこと。レントゲン再検査で異常なしだった。微熱は続き解熱鎮痛剤でおさまった。  午後気分転換に外出。くそ暑ー。夕方また微熱また薬飲む。

2005.08.05

院長の闘病日記 
 更に昨日より体調が改善。問題は気胸ではなく感染の治療ということに絞られた。傷口からブドウ球菌が検出された。ラッキーなのはMRSAでなかったことだ。胸腔内からは菌の検出はなかったが、でも安心はできない。というのも胸腔内の感染は非常に治りにくいからだ。予想していたより長期戦になるかも知れない。走り始められるまであと2週間以上かかるだろう。
 ところで入院したことのない人にも病院食はまずいという印象があると思うが、それは確かに本当です。塩分とカロリー計算はしているだろうが、概して繊維は少なく生野菜も出ない。(O−157が怖いのでしょう)フルーツも今日が初めて。野菜はブロッコリーもアスパラも形が崩れるまでくたくたに加熱している。保温カートに入って病棟まで来るけれど、魚料理肉料理すべて作ってから相当時間たったなという状態で、出来立てのあつあつとは雲泥の差。カートから出すとすぐに冷えてしまう。せめて見掛けくらい少し工夫して欲しい。少しも食欲をそそらない。これでは食事というより○○じゃないかな。病院を経営する人たちはホテルのケータリングを見習って改善して欲しいです。
 もうひとつ、部屋の内装について。病室はいかにもというつくりです。いろいろ処置をしたりするのに機能性を重視しているのでしょうが、患者側の気持ちは全く反映されていないと思う。壁紙、照明などもう少し心を和ませるものにして欲しい。食堂までもが病室と変わらないつくりというのが発想の貧困さを物語っている。
 体調がよくなるとこんなことにまで気が回ってしまう。
 しかし非難ばかりしているわけではありません。感心したのは今の若い医者の態度のよさです。言葉遣いは丁寧、態度も好感持てる。説明もきちんとしている。私が医者になったころにこんな医者がいたろうか。今の医学教育の中に患者さんとの対応の仕方を学ぶ時間があるそうだが、その効果が上がっていると実感した。もちろん中堅以上の医者も説明は丁寧だったし好感が持てた。10年前とは明らかに違う。もちろん医者にもいろいろいて、いまだに患者の話を聞かずに一方的に治療を推し進めるのやら、高圧的に出るのもいるけれど、少しずついい方向に変わってきているのではないかと肌で感じた。看護師も私が大きな病院で働いていた数年前とはずいぶん変わったものだ。丁寧な言葉遣い何をするにも命令調ではなく、「させていただきます、協力おねがいします」という気持ちが伝わってきた。医療行為に対してもきちんと何をするのか説明してくれる。
 「患者さん」を「患者様」と単に言い換えるだけではないとわかりました。脱帽。これからは食事と病室ですねー。
 主治医の先生から言われました。「CRPで20を越えているというのは、たとえゼロになっても炎症の名残が残って、マラソンなんか走れるようになるのは来年になってからでしょう」
ガラガラガラ(私の後ろで壁が崩れ落ちる音)
2週間後に練習を再開しようとしている私はあまりにも向こう見ず?
2005.08.04

院長の闘病日記 
 昨日に比べて大胸筋の痛みが半減した。変更した抗生物質が奏効しているようだ。昨日までは手洗いのとき手をこすり合わせるくらいで痛かったがそれがだいぶ軽減している。
 若手の○川先生に聞くと、自然気胸の発症のピークは20代と5,60代の二つのピークがあるという。なーんだ自然気胸になったからって別に若い証拠でもなんでもないんだ。まれだけれど両側の自然気胸もいるとのことで、緊急で処置しなければ当然命がない。私の場合は左側の再発だが、とにかく2度目を起こしたら原則手術なのだという。しかし私のように炎症を起こしているとむしろ手術は危険だ。手術をきっかけに炎症が再燃しひどい膿胸になることもある。このまま炎症を抑えて行って自然に癒着を起こさせていったほうが賢明といえるだろう。3度目起こしたとしても癒着しているおかげでそんなに肺がぺしゃんこになることはないだろうとの予想だ。
2005.08.03

院長の闘病日記 
 ガーゼ交換のときソラシックベント刺入部の消毒が非常に痛かった。炎症のある部分って触るととても痛いんだよね。それをぐりりぐりやるからたまったものじゃない。こんなことを自分も患者さんにやっていたんだなと思うとちょっと申し訳なく思う。
 今日から胸腔内洗浄をおこなう。一日2,3リットルの生食を少しずつ点滴で入れて行って一方で持続的に吸引するのだ。少しでも胸腔内のばい菌を洗い流そうという戦略だ。また抗生物質も強めのに変更になる。
 レントゲン検査で肺のふくらみはまあまあ、CTでは胸壁の峰窩織炎が広範囲にあるという。炎症の90%は峰窩織炎か?炎症の程度を示す指標にCRPというのがある。今日の採血でなんとこれが22。正常はゼロ、5くらいでも結構高いねというくらいなので22という数値を聞いて驚愕。
 ニュースによると連日熱帯夜というが、入院している限りこの点は実に快適。健康な人に申し訳ないくらいだ。でも風呂にも入れずアルコールも飲めず(あたりまえだ)その点はちょっと不自由している。
しかし食欲はというと、案外減らないものだ。少し熱があるだけだと食欲はそんなに減らないし、熱があるため頭使うことはしたくないのでやることなく暇。よって食べることだけになる。意識的に食べないようにしないと、ランニングに復帰したときよけい身動きがとりにくくなる。
2005.08.02
院長の闘病日記 
 昨日の夜から痛みが増して来た。胸腔内のみならず大胸筋も痛い。刺入部から感染を起こしたか?咳、圧迫ではそれほど痛くなかったのが、今では不快感を伴った痛みがある。相変わらず空気の漏れは多いようだ。完全に引くのが面倒になってきたので途中でやめることも多い。熱も出てきた10時半時点で37.3度。どんどんあがりそう。今日入院の可能性濃厚。
 ソラシックベントの刺入部を見て、ドクターは「え、どうして」
胸部の皮下に峰窩織炎を起こしているのだ。峰窩織炎とは一部に固まって炎症を起こすのではなく、組織の中に網の目のように炎症が波及することだ。大胸筋の痛みは峰窩織炎で説明がつく。しかしなぜ?という新たな疑問が出てくるのだ。ソラチックベントで今までこのように炎症を併発した例はなく、極めて安全な道具だというのだ。ゆえに挿入後抗生剤も服用する必要はないという。ではなぜ私の場合こうなったのか?その答えはほかの患者さんと私の違いを考えればなんとなくわかってくる。
 私は自分で吸引できるようにと吸引用のシリンジをもらった。挿入後のレントゲンでまだ5センチほど肺が落ち込んでいるから吸引するように言われ、そのときのみならず、頻繁に吸引した。完全に肺が膨らんでいないと保存的治療はうまく行ったことにはならず、結局オペになるだろうとの思いからさかんに吸引した。しかしいくら吸引してもレントゲンで確認すると満足いくほどには膨らんでいなかった。説明書には「いくら以上の圧で吸引するな」と書いてあったが、それが何を意味するのか書いていなかったので、適当に自分で解釈した。
 しかし今になると、頻回の吸引による刺入部の安静が保てなかったことで、菌が入り込みやすくなったのではないだろうか?更に胸腔内に強い陰圧がかかり、体表の菌を中に引き込むことになったのではないだろうか?ありうることだ。へたに玄人気取りでやったことがこんなことになってしまったというわけだ。いやー参りました。人の体って巧妙にできているのね。中途半端な考えで対処するとすぐに細菌さんに攻め込まれるのね。
 当然のごとく入院になりました。指ほどに太いチューブにかえて再挿入。これが痛いのなんのって、呼吸も止まってしまいましたよ。
 部屋がなく、今晩はICUに入院。鎮痛剤の注射で意識が朦朧とする中、エアコンの音と頻繁に出入りするスタッフの物音で10回以上目を覚ます。ベッドサイドで排尿するように尿器を用意されたが7,8分立っていても緊張で排尿できず。再度トライしてやっとでた。

2005.08.01
院長の闘病日記
 
夜2時頃苦しくなりまた1300ほど引けた。深夜n錆びたブランコをこいでいるようなキーキー音を立てながら溜まった空気を引くさまは何か物悲しい。
 朝一の吸引50で安心し
 そのあとの吸引500で落胆し
その後も結構な勢いでもれているような気がする。次第に吸引するのが面倒になる。だって一回に5,60ccしか引けなくて、今は1,2時間おきに20回引いてもまだ引けるもん。だから手が疲れてしまう。これはもう手術受けざるを得ないな。そう思い立ったらすぐにでもやって欲しいのだが、病院にも都合というものがある。もし一週間先などといわれたらその間、水鉄砲みたいに注射筒を引いたり押したり何回しなければならないんだろう。すでに注射筒にかかれてある目盛りがこすれて消えかかっています。
2005.07.31

 院長の闘病日記
 朝起きて早速胸腔内に溜まった空気を引いてみる。0だ。安静にしているのがいいのか?このままうまくくっついてくれるといいのだがもしかするとチューブの先端がどこかに当たっていてうまく吸えないのかもしれない・・・。午前中は自宅でおとなしく資料整理。昼になってももれていない。暑さもピークになり、集中力もなくなって来たので図書館に涼みに行く。帰宅後も漏れはなかった。明日、レントゲンを撮って確認だ。
 夜中こうもりの先端で胸腔内からのどに向かって突き上げるような苦しさがあり、「またかなー」と思って乳絞りよろしく吸引してみたら、なんと1500ccも引けた。しょっく・・・昨夜寝る前に読書した際の姿勢がちょっと悪く、それによってくっつきかけたところがはがれたのだろう。
 たらちねの母の思ひ出吸引す千五も引けて青くなりけり
(胸腔に通じる管に60ccのシリンジを接続し吸引するさまを、母親が母乳を吸引するさまに見立てて遠くの思い出に浸っていたところ、1500ccも引けて青くなってしまったという素直な歌。青くなりけりは桔梗の花の色にかけている)

2005.07.30
 院長の闘病日記
 夜中二回ほど起きた。やはり挿入部が気になる。左大胸筋のあたりを押して気づいた。皮下気腫を起こしている。これは皮膚の下に空気が入り込んでしまうもの。開胸手術をおこなうと時々見られる現象だ。私は過去に首まで皮下気腫を起こした患者さんを診たことがある。空気のうち窒素がなかなか吸収されないのでしばらくこの現象は残るだろうが、自分の場合どのくらいなのか見届けよう。
 昨夜は蒸した。体中べとべとするのでシャワーを浴びる。背中以外は何とか自分で洗えた。
 胸腔内に入っているチューブが体を動かすたびに痛いので、ついつい背中を丸めてしまう。診療にも差し支えるので座薬を入れた。効果てき面で痛みの90%は消失。このチューブを通じて肺から漏れた空気を外の吸い出すことができる。一度に600から1000cc位吸いだせる。それだけもれているということだ。帰宅後一度だけ0ccだった。このままもれないで欲しいな。
2005.07.29
がっびーん!!   
 ちょっと古いけどこの言葉が今の自分の心境を表すのに最もふさわしい言葉なのだ!
 今朝起きるとき左胸が何か変。遠い記憶にあったあの症状と同じだ。聴診してみると明らかに左の呼吸音が弱い。レントゲンとって確認。やっぱり・・・・。自然気胸です。
 自然気胸とは自然に肺が丁度風船に針を刺すようにしぼんでしまう病気です。両方の肺が一度に自然気胸を起こすと当然死んでしまいます。原因はよくわかっていないけど先天的に弱い部分があるらしい。体型的には華奢な体型が多いのだが、自分自身を見るとこれはあたっていないようだ。
 胸の中に何か太い棒でも突っ込まれているような、肺を握られているようないやな感じです。当然運動なんかできない。
 昼過ぎに脱気してもらいにいきます。しかしその後どのくらいで元の生活に戻れるだろうか。せっかく昨日の快走ができたのに、体調もこれからどんどんアップしていく自信があるのに・・・。当分走れそうにない・・・。8月7日の奥武蔵ウルトラは無理か?
 自然気胸は若い男性に多いというからポジティブに考えるとするか!

 行ってきましたよ。総合病院へ。どうしても入院はできないと言ってソラシックベントという携帯の一方弁つきの小型バックを装着してもらった。局所麻酔後に直径2.3ミリの管をぐっと押し込まれた。ちょっと痛かったがその後は急に呼吸が楽になった。でも少しすると入れた部位の創の痛みが出てくる。痛み止めで何とかごまかす。私のは再発性だからと手術を勧められたが極力避けたい。
 こんな時開業医は代わりがいないのでつらい。特に私のように内科、外科のみならず、漢方やら婦人科やら乳腺科やら美容などいろんなものに手を出していると、いろんな科の先生に代わりになってきてもらわなくてはならない。そんなことは物理的に無理だ。
 しかし支払いの段になってびっくりした。自己負担が2万円を越えたのだ。どっひぇー。今回の私のは手術の部類に入ることをしたし、ソラシックベントが52,400円と結構な値段なのだけど、医療費って高いねー。定期的に病院にかかっている人はこの感覚に慣れてちゃっているのかしら。
 夜寝るときの姿勢がうまく保てない。痛み止めも切れてきていたい。それでもよく寝られた。今晩は久しぶりに一滴も酒を飲まなかったのが反っていいのかもしれない。しばらく断酒しようかな。
2005.07.28
 26日に台風がそよ風を吹かせて関東地方に上陸した後、相当覚悟していたのだが、何だこの爽やかさは。確かに気温は高いかもしれないが、昨夜から全然蒸さないじゃないか。今日の通勤ランは爽快な心地よい北風を全身に受けてすっごく調子よかった。夏にこんな走りができるとは思ってもみなかったよ。このまま天変地異を起こしていてくれー。

2005.07.25
  今日通勤のとき、梨畑を車で通りかかったら、農薬散布用の赤いドラム缶を横にしたような車を見かけた。乗っているおじさんを見て「やっぱりそうか」と思った。帽子に簡単なマスクをしただけの軽装なのだ。運転席の後ろに煙突が立っていて、ここから天に向かって農薬が吹き上げられるのだが、当然一番農薬をかぶるのは運転手なのだ。それなのにこの軽装。この人に限らず農薬散布する人の農薬に対する危険意識が低すぎる。私などは防除服を着ても不安で、宇宙服のような完全に農薬をブロックできる服でないと安心できない。こういう農家が作る農作物だと怖くて買えない。農薬農家とがん発生の相関関係について誰か報告して欲しい。
 
2005.07.24
  館山の実家の近くで25キロほど走る。久々にいいペースだった。このところくもりで涼しくランニングには好都合。ランナーとしてはこのまま冷夏であって欲しいが、そんなこといったら、農家、その他から非難されるかもしれないかな。
 白浜の海岸にヒザラガイとカメノテを取りに行く。ともに商品にはならないので好きなように取れる。恐らくほとんどの人が食べたことないこの両者。前者は円錐形の岩にべったりへばりついた貝で、ドラーバーを使ってとる。後者は岩の隙間に挟まれて群生する。やはりドライバーがあれば取れる。ヒザラガイはしょうが醤油で煮て食べる。カメノテは煮てわさび醤油で食べる。ヒザラガイは岩のかけらがジョリジョリする。カメノテは根元のほうはうまいが、先端部分はうまくない。食べるところは極めて少ない。商品にならない理由はこんなところにありそうだ。
2005.07.22
 今ニューヨークのセレブたちに静かなブームとなっているローフードを独自に試みてみた。ローフードとは簡単に言えば生菜食。でもカタカナで言うとなんとなく抵抗なく入り込めそうな気がする。しかし安易に考えてはいけない。単に生野菜をドレッシングで食べることでは ないのだ。どんなものでも加熱は50℃弱まで。肉、魚、乳製品、卵も禁止。まずは手始めにゴーヤと人参とブロッコリーを生でドレッシングで食べる。ゴーヤやブロッコリーは少し湯通しをすると抵抗なく食べられるのだが、全くの生だと一般人には相当抵抗ありそうだ。やってみようとする人間にはいいが、これではレストランには出せない。メロンやパイナップルを混ぜて2時間ほど置いてみたが全然状況は変わらず。メロンにいたっては「腐ってるんじゃ?」と思われた。前途多難なり。
2005.07.20
 朝ラン
 今日は当院の納涼会。ちょっと飲みすぎたか。
2005.07.19
 一日中下半身が重い。約1キロむくんでいる模様。仕事終わって帰りの通勤ランをする。
2005.07.18
 6時前だというのに強い日差しに眼を覚ます。この日民宿前の海水浴場に向かったのは5人。私と辻さんが走ることになる。辻さんは昨日途中から電車組みとなったのでその少しでも償いをしようというのか?5キロほど彼女と連れ立って走る。分岐点で、「ついていくのが精一杯」という彼女を冷たくも置き去りにして、キロ6分の自分のペースで走る。日差しがあると暑いが、北風がそよ吹き、湿度も低そう。周囲の山は高さでは自慢にはならないが、深く美しい緑はなかなか引けをとらない。千葉の山も捨てたもんじゃない。(そこに産廃という問題がなければ・・・)
 粟又の滝に差し掛かり、滝つぼを見ているうちに引き込まれるように谷に足が向いていった。約20分全身浸って体熱をとる。すっきり心機一転、再びスタート。養老渓谷駅に11時半着。駅前の店でアイス一本買う。このアイスが今ジャーニーランで食事以外のはじめての食料だ。ジュース類も何一つ買わず、持参したあめにも一切手をつけず、水だけでやってきた。なぜって?だって別に欲しくなかったんだもの。
 昨日に比べれば日差しが強い分暑く感じられるものの、真夏のそれに比べれば大したことない。靴もあせでぐちゅぐちゅになるということもなかった。最高気温は31度くらいだったらしいが、なれていれば32度くらいまでは普通に走れる。この日、サッカーの審判をしていた40台の男性が熱中症で亡くなったらしく、暑いときは運動を控えるようにと報道していたが、暑くても熱中症にならないからだを作ればいいのだ。そのためには少しずつ暑さに慣れるように積極的に戸外に出るほうがよい。
 
2005.07.17
 旅館の宿泊明細書を見てびっくり。追加でたのんだ卵一個150円、納豆200円、おしんこ一皿1000円もした。どこからこんな数字が出るんじゃ!
 あれだけ飲んだのに朝は意外とすっきり。今日合流の二人を加えて12人で高滝湖畔をスタート。
 超スローペースでしばらく湖畔を大きく回り県道に出る。飯給から県道を離れて山側のルートを取る。すでに千田さんが大きく遅れる。いつものことらしいので気にしないで走る。車はほとんど通らず、いくつかの隧道をくぐりぬけるときはひんやりとした空気に包まれる。月崎から市民の森にはいるが、ここはあまり市原市民に知られていないようだ。利用する人が極端に少ない。見方を変えれば穴場かもしれない。ここで松田さんが遭難。携帯で連絡しても「尾根道を走っている」との返事だが、時間的にはとっくに林道に出てもおかしくはない。まあひとりでも何とかなるだろうと見捨てることに決定 。
 尾根沿いの林道を大福山方面に走る。昨日の暑さに比べるとくもりで少し風もあり比較的走りやすい。この日の湿度は高かったというが、走っている身にとってはあまり気にならず。かなりゆっくり走ったつもりだが、大きくバラける。
 大福山から梅ヶ瀬渓谷に下りるルートを取る。このルート、期待以上にみんなからの評判がよく、舘山さんは「ここまで整備された渓谷沿いのコースはありませんよ」とべた褒め。このルートを使って大会を開催したいらしい。途中、水の湧き出るところがありしばし休憩。養老渓谷駅には予想を大幅に超えた1時半に着く。みんながそろったのは更に30分ほど遅れた。
 駅前の食堂に入り昼食を注文するが、この店実に要領が悪い。二手に分かれたメンバーの注文を一度にとらず、「こっちも注文とって」と二度催促しても「あとで」といわれる始末。厨房をのぞくと素人っぽい二人の女性が作っている。一度に仕事をこなせないらしく、注文した品がひとつずつ時間を空けて届く。同じ卵うどんをたのんでもそれにセットになっているものが違うと持ってくる時間も違う。お茶をたのんだらお湯をわかすところからはじめるのだ。昨日の昼食といい、今日の食堂といい、市原の食堂は作業効率の悪さは風土病的根深さがあるのか。昨年ある人物から養老渓谷地域の活性化をどうしたらいいかという相談を持ちかけられたが、その人の話では「旅館の経営者には若手が少なく、客が減ってもそれなりに維持していればいいやと言って、特に新たなことを自ら試みようという意気込みが全く感じられない」と嘆いていた。この地域の顔とも言える養老駅前のこの店からしてこの有様では先行き展望なしと見た。
 遭難していた松田さんは自力で這い出し、この蕎麦屋で合流。食べ残しのそばで空腹を満たす。
 養老渓谷駅でやっと半分の今日のコースだが、早くも避難ルートを検討するランナーが続出。結局5人のランナーは上総中野から電車にのることに決定。残りの5人で興津まで走ることになる。(一人行方不明、一人帰宅)走り組みに参加し、先にスタートきっていた紅一点、藤倉さんが歩いているのを発見。私と舘山さんで荷物を少し持ってあげて更に二人で彼女をはさんでプレッシャーを与えて走らせる。時々後ろを振り向きスピード調整すると、あとから「あれはやめてくれ」とわがまま発言。南からのそよ風を受け、交通量が少ないルートを快適に走る。勝浦市に入ると整備された美しい畑の間を縫って走る。興津近くになって藤倉さんに伴走していた高木さんも彼女を見捨てて自分の走りに徹する。
 今日泊まる湊屋はごく普通の家のつくり。風呂も小さく洗い場もひとつ。トイレ、洗面スペースも非常に小さく、昔ながらの民宿といった感じ。配膳やあとかた付けも自分らでする。でも宿泊料金をまけてくれ、卵も一個20円とリーズナブル。料理も悪くはない。許す!
 昨日の反省から本日の宴会は大人しげに執り行われたが、やはり12時過ぎまで飲み続けた。ジャーニーランと銘打つ大会はいくつかあるが、排気ガス吸いながら国道を走らされるのは勘弁願いたい。そういう意味では今回のルートは満足できたのではないだろうか?

2005.07.16

 今日は非常に込んだ。半日で一日分の患者さんが来た。その込み合う待合室に汗臭い9人の男女のランナーがきた。お茶を飲みながらうろうろしていたので、普通の病院なら患者さんが迷惑そうな顔をするはずだが、そこは小野木医院、私がランニングフリークだあることは患者さんたち十分承知だから、温かく見守ってくださったのに違いない。
 仕事が終わり、みんなの今日のとまる高滝湖の近くの旅館にいく。用意した3リットルのワインと一升瓶が瞬く間に空いて、私は久々に記憶喪失 。あとで聞くところによると「ジャーニーランとは」という内容でぶったらしい。  今日のランはめちゃくちゃ暑くてつらかったらしい。用意したコースが、木々の多い、車が滅多に来ないコースだったのでよかった。しかし昼飯を取った297号線沿いの店がやたら時間がかかっていらいらしたらしい。

2005.07.15
 今日も楽しい通勤ラン。シューズはとっても軽く、ソールも薄くまるで足袋をはいている感じ。小学校のときの運動会を思い出した。と言っても30台の人にはわからないでしょう。昭和30年、40年代前半は運動会のとき靴じゃなくて足袋を履いたのです。最も運動靴なんてしゃれたものなんかないから、体育の授業は普段履きのズック。運動会のときだけ純白の足袋がはけるのだから、もうみんなうれしくてたまらない。しかしこの足袋、底がちょっと厚めの布でできているだけなので、決して運動に適したものではない。小石を踏めば痛いし、すぐに穴が開く。運動会が終わればもうぼろぼろ。物が少なかった時代だからこそこんなことがいつまでも記憶に刻まれるのかもしれない。
 ランは調子いいと思ったが、タイムは結構かかっていた。今日は蒸したからナー。夏のランは調子よくても記録が出ない。
 夏のランでもうひとつ気をつけなければならないことがある。”農薬”です。私のコースは、田んぼと梨園のなかを走り抜けます。そしてこの時期農薬散布に遭遇することがあります。そんな時「しまった!!」と思うもののどうしようもありません。ネットで囲った梨園の上から煙のようにたなびく農薬。息をこらえて走ろうにも限界がある。空中散布の真下を走ったこともあります。地上からヘリの奴らに悪態をついても気づくはずもなし。農薬の空中散布なんて時代遅れだ!それと農家の皆さん。あんたたち作業に携わる人が一番あぶないんだよ。いくら自分たちだけ市場に出さない無農薬の野菜食ったって、農薬散布のときに吸い込む農薬の量のほうが圧倒的におおいんだ。農家の人たちで比較的若いのに進行がんで見つかる人をずいぶん診たよ。

2005.07.14
 昨日飲みすぎでなんとなくだるい。でも昼に一大決心して走る。おれってなんてえらいんだろう。自分で自分をほめたいと思います。でも途中で腹が痛くなりショートカットする。走った後は気分爽快。体も軽い!これがジョギングをやめられない大きな理由だ。走る事を知らない人って人生のかなりの部分損している。気づいて欲しいナー走りのよさを。

2005.07.13
 パソコンの状態が悪くて日記がかけず、やっと直ったけどまだ使いにくい状態が続いています。
 以前カモシカマラソンのエイドのことで「第4エイドには水物しかなくて落胆した」と書きました。主催者の舘山さんは「この大会はジャーニーランの要素を持ったものとして捉えていただきたい」とのご意見でした。なるほどジャーニーランなら仕方ないかと思う一方、ジャーニーランって何だろう、と考えてしまった。
 明確な定義はないものと思うので、各自色々な考え方が入り混じっているであろう。ザックをしょって走ればジャーニーランと考える人もいるだろうし、エイド間が20キロくらい離れていたら結構途中で腹も減るので自分で食料を補給しなければならなくなり、そのあたりからジャーニーランとする人もいるだろう。また、全くタイムにとらわれず、コースの風景を楽しんで走ることと考えている人もいるだろう。
 私はこう考えます。「エイドの数、走るスピード、途中で景色を楽しむ等関係なく、大会側がタイム測定しないこと」こう考えると今ジャーニーランと名打っている大会はすべて失格となるでしょう。私の中では、ジャーニーランの中に占めるランは単なる移動手段であって、競うものではないからです。だから大会側がタイムを計ってはいけないのです。もし計ったら、がんがん走るランナーが必ず出てきます。レースという要素が発生し、レースに求められるものを要求してこられたら大会側はそれに応じなければならないと思います。
 皆さんどう思われます?

2005.07.12
 頭がジュクジュクしているという子供。みるとかなりのふけ症。その特にひどいところがジュクジュクしているのだ。通学にヘルメットしたりするので夏は特に蒸れやすく、白癬菌感染しているのかもしれない。その部分のふけを培養検査することにした。そしたらその母親「○○(医院の名)に行ったらそこの先生、私がこうやってこの子の髪の毛を掻き分けて見せているのに、身を引いて全く触ろうとしないんですよ」と言う。よく観察するというのは皮膚科医なら基本的なことじゃないのかなー。時には病巣にも触らないとねえ。「うつるかもしれない」なんて態度あからさまに出してはいけないよね。

2005.07.10
 睦沢という私の住んでいる町から車で小1時間かかるところに知人が住んでいて、時々そこの作業場を使わせてもらって大工仕事をしている。今日は久々に仕事や家庭を忘れて作業に打ち込んだ。
 昼飯時に近くの飯屋で食事していると、後ろに座っていた客が帰る時、「あのう、付かぬこと伺いますが、この萩往還って何でしょうか?」と尋ねてきた。私の着ていたTシャツの後ろに書いてあった「萩往還」が眼に留まり、自分の出身地である萩と何の関係があるのだろうと思ったらしい。日本って狭い!

2005.07.01
 朝車で通勤する時間帯にランナーに出会うことがある。このランナー服装が普段着で、走り方も荒削りで手足がばらばらの無駄の多い走り方。はじめて見た時は「せいぜい1,2ヶ月くらいしか続かないだろう」と思っていたのだが、もう2年くらい見かけている。その後も走り方に上達の兆しは見られない。まあ、そんなことは個人の自由でいいのだが、許せないことがひとつある。この道は幅の広いフラットな歩道があるにもかかわらず、必ず車道を走っているのだ。がむしゃらに走っているので周囲に注意を払っている感じが伝わってこない。後ろから来る車がよけてくれるだろうという考えは非常に無責任で危険だ。

2005.06.30
 川鉄病院にいた20年以上も前に、私に第2子取り上げてもらったという人が受診された。そのときの母子手帳を見せて、「逆子でしたが、下から生ませていただいてホントによかったと思っています。その子も今では21歳になります」と語っていた。21年も前かー、年月のたつのは早いものだ。しかし逆子を下から生ませようとトライすることは、今ではずいぶん少なくなったようだ。その理由は医者側も安全をとりたいからだろう。帝王切開のほうがずっと安全だし、収益も上がるだろうからね。

2005.06.28
 昨夜は熱帯夜だったようだ。通勤ランも蒸し暑く、滝のような汗。日差しが強くなると自然と電線の日陰さえも選んで走っているのに気づく。『電線の日陰を求めて通勤ラン』
 このところ体調が非常にいい。26日には庭の手入れを一日中したけど少しも疲れを感じない。体の切れもいい。その原因は・・・。一時朝食に自家製パンを一切れ食べていたのをやめたからではないか。午前中は結構空腹状態にしている。これがいいのではないかと思う。他に思い当たることがない。
 医院の庭に杏の木を植えてある。今年はたわわになった。杏は長寿で名高いフンザの重要な食品。しかし日本ではあまり見かけない是非一家に一本植えて欲しい果樹だ。

2005.06.27
 市原市の奥に住む82歳の女性。坐骨神経痛を訴えて来院。ある病院に行ったが、医者が診察してくれない。「痛いので注射でも打って欲しいから先生呼んできてください」とお願いしたが、「先生はいさがしいから」といって取り合ってくれない。待合室には誰もいなくて一時間も待たされ、10日分の薬を処方されたという。もしかするとこの日は医者が不在だったのでは?と疑ってしまう。戦前の話ではありません。今日の話です。

2005.06.25
 時々急病センターというところで夜間救急診療の仕事をしている。時にすごく驚く処方に出会う。11歳の男の子の風邪に抗生物質と解熱鎮痛剤(ボルタレン)を一日3回5日分処方されていた(これ以外の処方はなかった)。風邪に抗生物質の処方は今や有害無益とされている。こじらせた風邪なら抗生物質の処方も考えられるが、このケースは引き始めから抗生剤の処方だ。更に解熱鎮痛剤を頓服ではなく定期で飲ませるのは常軌を逸している。しかもこれらの薬が大人量出処方されている。背筋がぞっとするこの処方、時々複数の医院の処方で見かける。

2005.06.24
 6日ぶりの通勤ラン。蒸し暑かった。視野の片隅にに何か気になるものを認め、ふと下を見やると「ひょえー!!!へ、へびだー!!!」思わず爪先立ちで歩幅スピード調整しまたぎきった。相手もこちらに気づいて身をくねらせ緊急避難行為に出た。やや緑がかって1メートルはあろうかと思われる。あいつらは変温動物は朝に体温が下がって活動が鈍るので、アスファルトの路上に出て体温を上げようとするんだろう。教訓「早朝ラン路上の紐は避けるべし」
 慢性蕁麻疹で他院で長期にわたり抗アレルギー剤を処方されていた患者さんの話。室内でウサギと犬を飼っている。血液検査ではウサギはわからないけど犬にはアレルギー反応はなかった。しかし今の住環境は閉鎖的過ぎる。その中で動物を飼うのは人間が生きてきた何百万年という歴史の中でわずかここ30年くらいではなかろうか。体質的にアレルギーになりやすい人(この方は20数年鼻炎と蕁麻疹があり、ここ数年は喘息もある)は自分を取り巻く環境(食事も含めて)に対してもっと敏感になり、疑わしきは罰する気持ちでないと決して治らない。24時間換気の家に住んでいるというが、家が高気密であることは変わりないし、24時間換気だからといってアレルゲンを排出してくれるわけではないというと、「犬を外に出すなんて・・・いずれ犬は死ぬからそれまでは・・・」という。犬がなくなったらまた飼うのではないかと思うが、「子供が欲しいというもんだから」と一時的な行為であるような言い方。現時点でアレルギーが死に直接結びつくものではないからといって安易に考えてはいけない。その考え方だとがんになっても生活を変える事はできない。症状がでたということはいままでの己の生活習慣が間違っていたことに対する警鐘と考えるべきだというと、「十分わかっています」という返事。ならば行動に結び付けてよね。実行あって初めて理解したことになります。いつもこんな調子のやり取り。もっと気楽に考えて薬を処方すればいいのかもしれないが、当院に来たというのには何らかの理由があるのでしょう。ストレスが溜まるけど何の報酬も得られない「小言を言う医者」から抜け出られません。

2005.06.22
 美容の患者さんの話です。「肝炎を患ったあと急にしみがひどくなって、皮膚科や美容皮膚科で肝斑といわれた」という。しかし「肝炎をしたあとにしみがひどくなるのを肝斑という」なんて話は聞いたことない。名前に「肝」が入っているからといってこのシミは肝機能とは関係ない。また、この患者さんプラセンタ治療を東京まで行ってやったことがあるが、1回15,000円もしたと言う。「うちのは濃度が違うんだ」とそこのドクターが言っていたと言うが、どこだって濃度は同じ。えらいぼったくりだー!!

2005.06.17
 カモシカマラソン(飯能〜棒の峰〜武甲山〜川越 114キロ)
 この大会は毎年コースが変わり、途中の山岳コースはペアで走る約束になっている。私のパートナーは藤島洋君(30)。昨年の雁坂峠ウルトラで2位に入った、山の得意な若手ランナーだ。今日の私のシューズを見て「アシックスではないんですね」「うん、うちにあった靴のうちソールが一番減ってないやつはいてきた」と答えたら、「なんですかそれ・・・」と呆れ顔。あまり靴にはこだわっていないのだ。少し軽く、自分にあっていて値段も1万円程度と決めている。こんなランナーばかりだとメーカーは儲からないよね。
 登山口まで約17キロゆっくり走る。山に取り掛かり、藤島君を先頭に上り下り共に抑えていく。セーブして走ることは打ち合わせの段階で決めていた。藤島君は時々後ろを振り返りこちらのスピードを見て、走る速度を調整してくれているようだ。彼の力からすると、もっと速く走りたかっただろう。しかし彼は昨年の雁坂のとき、びゅんびゅん飛ばして山を下り、そのあとスピードダウンした苦い思い出が残っているのかもしれない。しかしそれでも第2チェックポイントまで相当きついという印象が残った。いくら走っても全然先に進んでいないようにも思えた。コースは階段状ではなく斜面に沿って着地するので、アキレス腱部分のかかとが靴擦れを起こし始めた。山に慣れていないからこの部分の靴擦れは予想外だった。
 稜線で野性の雌鹿に遭遇する。こちらに視線を向け、直後に一気に谷へ駆け下りてしまった。同時に藪の中でもがさがさと音がしたので子連れだったのか?ごめんね驚かして。 若いメスだったのか、毛色のツヤのよさがいまも眼に焼きついている。
 エイドステーション近くなって谷のほうから「おーい」という声がする。何か言っているようでもあるがよく聞き取れない。「ご飯とっといて〜」と返事した。
 第2チェックポイント(エイド)は日向沢の峰から逆川林道に一旦出たところ。エイドにいたスタッフに「予想より1時間も遅い」といわれたが、勝手な予想を立ててもらっては困る。のんびりしていたわけではないし、こちらは山を下りてからも70キロ走ることを考えて走っているのだから。ここの食べ物はそうめん。運動をして大自然の中で食うそうめんは格別だ。何倍もお代わりしたかったが、後続のランナーのために残しておかなければとぐっとこらえた。運良く松本さんがキネシオテープを持っていた。靴擦れの進展予防にかかとに貼った。
 再び登山道に入り、武甲山に向かう。梅雨時なのに山の中はすがすがしい風が吹き渡り実に快適だ。昨年は携帯した水が少なく非常に苦労したが、今年は1.25リットルの水を携帯し丁度よかった。武甲山への直登ルートは、実際登ってみると思ったほどきつくはなかった。展望台から見下ろすふもとのセメント工場が武甲山の腹をえぐっているようで異様である。
 次のエイドは武甲山を降りたところの札所。(47.3キロ)大太鼓で迎えてくれた。土産物屋のおばさんが、小さい子供に「このおじちゃんが一番。すごいね」といっていた。ランニングスタイルだと比較的若く見える自信はあったが、50にもなるとさすがにお兄ちゃんとはいってくれないか。
 秩父市内に入ると蒸してきた。やはり下界は梅雨の晴れ間だ。秩父市役所前で藤島君の近所に住んでいるウルトラランナー武笠女史が応援に来てくれているという。12時には着ているはずだというが、すでに3時を回っている。「さすがに帰ったんじゃないの」というと、藤島君は「それはないと思いますけど」と自信を持って答える。そんな会話をしていると後ろから息を切らして武笠さんが追いついてきた。「そのまま走って」と、スピードを緩めた我々を促す。わずか一信号区間、1分足らずの応援のため3時間も待っていてくれたことに感謝感謝。
 大野原交差点を右折し定峰峠へ向かう道に差し掛かりやっとロードの走りに調子が出てきた。それまでは山でこき使われた筋肉の疲労が取れず、このまま行ったらつぶれるんじゃないかという不安もあった。なんせ萩以降の練習量が少なく、最高に走った距離は20キロ。このあとどうなるか不安だった。しかし山を下りて約1時間で山とは別の走りを思い出したような気がする。登りがきつくなり後ろを付いてきた藤島君の息が荒くなり、そのうち聞こえなくなってきた。振り向くと20メーターくらい後ろを走っていた。走りを止め彼を待ち、歩いて次のエイドに向かった。わたしには山が強いのと走りが強いのとでは全く違うというのがよくわからない。あんなに山ですいすい登れるのなら平地なんかずいぶん楽だろうと思うのだが、実際はそうでないのだ。
 定峰峠のエイドは飲み物以外は腹に溜まるものはお汁粉しかない。藤島君は一緒に行くことを遠慮した。実の少ないお汁粉200ccほど食べて一人でスタートした。
 しばらく下りが続き、キロ4分50秒で行く。標高が下がるとまた蒸してきた。小川町のエイドに着いたときは7時半。ウエアの腹のところと腕のところをまくり上げ安全ピンで留めたので少しは涼しくなった。このエイドには水物しかなく非常に落胆した。「速いランナーには何もないんです」というが、あとのランナーも大したものがなかったらしい。第3エイドまでの品数に比べると第4、第5エイドははっきり言って手を抜いてるんじゃ?と思いたくなる。結局コンビニでパンを買って食う。「エイドの意味がないじゃん」(この件に関して主催者と協議しました。主催者はこの大会はジャーニーランとして考えて欲しい。町の中にはいったら自分でやりくりして欲しいということでした。ジャーニーランに関して私の考えを7月13日の日記に書きました。)
 川越に向かう長い一本道。ところどころ歩道がなくて大型トラックとすれ違うときは怖い。歩道があっても両側から雑草が伸び放題に伸びて走りにくい。小川町、東松山市、川越市の各自治体!道路整備きちんとしてよね!
 10時33分55秒ゴールの健寿村到着。16時間33分55秒。自分としては終始快調な走りをしたと満足している。 
 
2005.06.17
 明日からのレースのため飯能に行く。駅を降りて「ホテルは?」と辺りを見回していると、後ろから「あのう、同じところを探していると思うんですけど」と声を掛けられる。同じレースに参加する女性だった。
 「小野木先生ですよね、私同じ大学卒業なんです」と思わぬ発言。昭和49年卒業後に産婦人科教室に入局。その後結婚され、横浜で小児科医として働いておられるという。トライアスロンやウルトラマラソンを趣味としているが、レース中にゲエゲエ吐くことが頻繁だったのが昨年の奥武蔵ウルトラマラソン大会の時に私の講義を受けられて、レースのときにH2ブロッカーを飲むようになったら、レース中気持ちが悪くなることもなくなり、なんと今年の萩往還では女子の部で優勝したとのことだ。恐るべしH2ブロッカー!!

2005.06.14
 通勤ラン蛙が2匹死んでいた
 梅雨に入り車に轢かれたウシガエルの死体が目に付く。そしてはたと気づいた。蛙が死ぬときってほとんど仰向けだ。腹ばいの死体は記憶をたどってみてもあまり見た記憶がない。なぜか!?どなたか専門家の方いらしたら教えてください。
 
 市原から500キロ離れたところから来られた患者さん、2年前にある病院で突然「しこりがあるので手術しなければいけない」といわれたそうです。それ以来病院には行かず不安を抱えたままゲルソン療法を一人で実践。悩み抜いた末に当院に来られた。病気についていろいろと説明をすると手術も選択肢の中に入れることを了承されて帰られた。
 近頃、患者さんを「患者様」と呼んでいる病院が多いが、呼びかただけ変えてやっていることが医者側の論理だけで進めて行く旧態依然としたところが変わらなければ本質的には何も変わらないことがわかってない。
 医者であれば同じ病名の病気でも悪性度が違っていたり予後が異なることがあることぐらい常識だが、人それぞれその病気に対する捉え方まで違うことに考えが及ばない。だから手術が必要な病気に対して患者がためらうことに理解ができず、しまいには「あんた命と仕事(趣味、友達、その他)のどっちが大切なんだ!!」と患者を怒鳴りつけてしまうのだ。

2005.06.13
 「鼻がくさい」という訴えの患者さん。その訴えの内容に診察前からただならぬ雰囲気を感ずる。
 どうして「鼻」がくさいといえるのかと問うと、「だってこうして息のにおいをかいでもくさくないから」と口に手を当ててにおいをかぐしぐさをする。誰かにくさいって言われたのかの問いには、「そんなことはないけど、人と話しているとその人が鼻に手をやったりするし、並んで座ると少し距離を空けて座るから」との答え。こんな時真正面から相手の訴えを否定してもうまくいかないことはわかっているが、「たまたまじゃないの」といっても、「10年以上前から10人以上の人がそうしている」とゆずらない。「家族か誰かに聞いてみた?」には「家族には怖くて聞けない。思い切って友人に聞いたときはそんなことないよといわれた」それでも気になって仕方ないというのだ。診察していても全くにおいを感じないが、本人はいろいろと調べて欲しいという。
 しかし問診を重ねるうちに歯磨きが一日一回(朝のみ)と判明。まずは食事のたびに歯磨きをすることを勧めた。

2005.06.12
 患者さんに誘われ小湊の漁港でいわし釣り。初めの30分は入れ食い。その後いわしもばかじゃないのかパタッと釣れなくなった。場所を変えてひじきと貝を取って夕飯のおかずとする。
 朝が早かったので眠い。昼寝1時間半したら更に体がだるくなり2時間走ってやっと切れが戻った。釣りは一日のタイムスケジュールが狂うので取り戻すのに苦労する。

2005.06.07
 このところ午前中体がだるい。また、背中やハムストリングの筋肉が突っ張っているような気がする。しかし走るとそのだるさが抜けるのだ。何年か前こんなことがあった。そんなこと以前もあった。この時は貧血だったような気がする。そろそろ血液検査するか。

 最近走っている時に遭遇する光景。雉が辻立ちして忙しそうに走る姿。車に轢かれた亀。驚いて池に飛び込む蛙(音だけ)

2005.06.05
 総合病院に通院している乳がんの患者さん。主治医は検査結果を見て「あ、いいですよ」というだけで具体的な数字を言ってくれない。ましてやデータもくれないといっています。この総合病院に限らず検査データをくれないところは多い。検査結果は患者さんのものなのだからすべてあげるべきだと思う。最近患者さんを「患者様」といっている病院があるが、表向き敬語使っても中身が変わっていないんじゃ患者さんだって本当に信頼してくれないよね。
 この患者さん「あっちの先生には何も聞けない。聞ける様な雰囲気じゃなく、聞いちゃ悪いんじゃないかと思ってしまう」とも言ってました。それがこの医者の作戦ではないと思うが、「患者さんが黙っているのは自分が聞きにくい雰囲気を作っているからじゃないのかなー」と考えるように、自分を客観的に評価できなきゃだめだよね。という自分はどうなのかと、私はいつも人の眼を気にする。

 ある皮膚科医院でそばかすの光治療をしたけどあまり治らなかったという患者さん。そこの医院では医者が治療していない。そばかすのように光治療が効果を発揮しやすいものでも、人任せに治療をしていると治せないのです。光治療は医者がやるべきだ!
 皮膚科にもう一言。慢性蕁麻疹の治療に、ステロイドと抗アレルギー剤だけで本当に治ると思っているの?うちで7件目という患者さん、「どこの皮膚科に行っても治療は同じ。その結果も同じ」といっています。こんな患者さんは決して珍しくはない。漫然と年余にわたる治療をやっていて、症状が繰り返ししているのみてなんとも思わないのかなー。この治療法でいいと思っているのかなー?どなたか答えてくださいな。

2005.05.29
名栗湖棒の峰ピークハントマラソン
 約10キロの登りだけのランニングレースだ。半分は山道なので追い越しはほとんどできない。上位狙いのランナーは一般道でいい位置を確保しようとスタート直後から飛ばす。私は萩の後練習を落としていたのでゆっくり走った。2年前に走ったときは一生懸命走ったのでえらくきつい思いをしたが、今年はあっけなく終わったような印象だ。言葉を代えると、「物足りない」。来年はもっと練習を積んで臨もう。そうすれば50台入賞も可能だ。

2005.05.28
 残念ながら新風舎出版賞は選外となりました。「あぶないランナー」に加筆して出して、最終選考まで行っただけでも満足です。元々出版賞に出す予定で書いたわけではないし、読者となる対象も非常に限られているのでまあ無理かと・・・。出版社からは「共同出版はいかがか」といわれているが、お断りすることにした。一般人が対象なら大化けする作品になる可能性もあるけれど、ウルトラランナー相手だから日本でコーランを出版するようなもの。
 さて次は対象を大きく広げた作品でも手がけようか。実は以前から少し書き溜めているんだけれど・・・。次の新風舎出版賞に出そうかな。

2005.05.24
最近の医療相談から2つ。
 大学病院で直腸がんの化学療法と放射線療法を受けた方。画像上は完全にがんが消失。しかし主治医からは人工肛門の手術を勧められた。万が一がんが残っていることもあるし、これまでの治療効果を判定する上でも手術は必要ですとの事。またその病院では過去に手術を拒否したひとは一人しかいなかったとのこと。この方は漢方に活路を見出したいとのことで来られた。私はその大学病院医は有名な漢方研究所があるのでそこに相談することを勧めたが、そこに電話をかけて聞いたところ漢方で治るものと治らないものとがあり、がんは西洋医学で治すことといわれたそうだ。この患者さんは漢方で治そうとは思っていない。漢方に精神的なよりどころを見出したいのだと思う。手術に対しては受けたくないとのことで、どのように主治医に言ったらいいのか相談してこられた。わたしは「自分の体なのだから他の誰よりも愛着があるはず。自分の人生の選択は他人に干渉されずに自分で決めるのが後悔しないでよい。たとえ医学的知識で畳み込んでこようともしっかりした自分の意見を心の中に持って意見を言えば相手も理解してくれるでしょう」とアドバイスした。当院のパンフにある食養生の十大基本を見て、「今までこの逆をやってきました。心を入れ替えて正しい食事に努めます」といって帰られた。
 もう一例は妻の風邪での相談。普段かぜひいても頭痛なんか出たことないのに今回は強い頭痛がある。医者は風邪ですと言っただけで頭痛についての説明はしてくれなかった。くれた薬はPL(総合感冒薬)とブルフェン(解熱鎮痛剤)バナン(抗生物質)。もしかずるとこの頭痛は風邪とは関係ないのではないのか、との質問。ちゃんと説明してあげなよね。医者にとってはいつものただの風邪かも知れないけれど、患者さんにとっては生まれて初めてのことだってあるんだから・・・。相手の不安を取ってあげるのも医者に授けられた使命だよ。

2005.05.20
 萩往還のときの引っ付き君から自己紹介のメールあり。元来口下手で人付き合いがうまくないのだそうだ。加えてはじめての萩往還で道に不案内とのことで他のランナーについていったとの事。よかった、変なたくらみがなくって。萩の道は本当に人を不安にさせるからね。そんなわけでわだかまりは解け、しかも私は彼が医者と聞き、ずうずうしいことに個人的な医療相談までただで受けてしまった。

2005.05.19
 歯の治療で歯科にかかっているんだけど、そこの先生が非常によく説明してくれます。その中で食事と虫歯の関係を聞いて驚きました。それはこんな内容です。食事をすると口の中は虫歯菌が繁殖するのに都合のいいpH5.5〜5.7に下がり、約30分続く。一日3回の食事ならまだいいが、間食したりだらだら食をする人はひくいpHの時間が続き、虫歯になりやすいというのだ。食後すぐ歯磨きしてもpHが下がるのは避けられないのだそうだ。だからといって歯磨きするのが無駄というわけではないのだけれど。
 現代人の問題はイオン飲料に含まれる糖分にある。スポーツにいいとか、熱をだしたときの水分補給にいいとか、のどが渇いたといって手軽に飲んでいるけど、虫歯という点からみたら非常に危険な食品なのだ。スポーツ選手が、あるメーカーのイオン飲料のコマーシャルに出てたり、休憩時間にスポンサー企業のペットボトル飲料を飲んでいる姿がテレビなどで見たことがあるだろう。しかし実はあの中に入っているのは水なんだそうだ。ひょえー!!
 そこでランナーのことを考えた。ランニング中にまた、大会中にイオン飲料は必ずといっていいほど登場する。しかし飲んだあとすぐに歯磨きや口をゆすぐことなど絶対にしないので、特にウルトラランナーは虫歯になりやすいのだ。
 私は練習中は水しか飲まないけれど大会になると飲んでいた。どうしよう。これからは水だけもしくは麦茶のような糖分のないものだけにしよう。それと飴をなめるのもよくないことになる。飴はなめずに飲み込むことにすべしだ。

2005.05.13
 寒いですね。3月くらいの気温に感じられます。昼に走ったけど、調子悪い。全く気合が入らない。
 私のホームページの日記を楽しみにしてくれている方がいると知りました。うれしいじゃありませんか。でも、言いたいことを自由に書いて、建前を全く無視しているから、ある人たちからは嫌がられている(煙たがられている?目をつけられている?)のです。でもそんなことにはめげずに書いていきます。だって建前や奇麗事を書く人はたくさんいるんだもん。何も私までそんなこと書くことないよね。
 しかし人間って自分が当事者になると、今まで自由にものを言ってきたのに突然守勢に回る傾向にありますよね。JR福知山線の列車事故を例にとると、一般人には当然JR西日本の過密ダイヤの組み方は尋常ではないと思うし、1,2分の遅れなんて気にするなよといいたくなるよね。また事故直後ゴルフやったり宴会やったりするのも常識はずれと思うよね。でもいったんその関係者になると、組織の維持、組織の考え方が優先され、一般常識は完全に頭の中から消え去ってしまう。
 組織の中にいても常に組織に飲み込まれないように、自分の考えを持っていたいものだ。そのためにはどうしたらいいか。私の考えはこうです。「組織はその組織を維持するためなら、今まで組織に尽くしてきた個人を平気で切ってくる。例外はない」と考えることです。そう考えることで強大な権力の前でも自分の考えを持っていられるのだ。

2005.05.09
 アキレス腱の腫れが急激な回復をみせたので通勤ランをする。普段よりは遅いが、まあ気楽に走れた。
 あるアトピーの患者さん。今までに2件の皮膚科に行ったが、どこもほとんど何の説明もしてくれず、ステロイドと飲み薬を出され、弱いステロイドといわれたのがあとで調べたら中程度の強さだったと不満。医者は効果発揮を急ぐあまり、強めのステロイドを使う傾向にあり、それが普段の姿だとすると、中程度のステロイドは弱めのステロイドという認識を持ってしまう。患者さんとの認識のずれがあることに敏感でないといけないね。

2005.05.07
 自然利尿が付き、何度もおしっこに行く。レース後80時間位たつと自然利尿がつくんだね。
 患者さんに注射をしていたとき腕の皮膚が直径3センチくらいに真っ白になっているのを見て「どうしたの」と聞くと、「痔の手術で入院していたとき、ここにあったほくろを見て先生が、『がんになるかもしれないからとっておいたほうがいいですよ。入院中なら紫外線にも当たらないので丁度都合がいいし』と何度も勧めるので、入院中ということもあり断り切れずやったんです。他にいくつか小さいのもあって合わせて3万円もかかりました。この腕のところはほくろをとった後逆に皮膚が真っ白になっちゃって・・・」
 医療というのはある見方をすると言葉は悪いけど脅しだよね。「念のためCTをやりましょう」「乳がんが増えていますから検診を受けましょう」「胃カメラやらないとがんかどうかわかりません」「ほっておくとがんになるかもしれないのでとりましょう」等々。ほとんど可能性のないものでもこんな言葉で医療の対象にすることもできるんです。確かに何もやらなければいくつかの重大な疾患は見逃す恐れがあり、どこで線引きするかは難しい。でも少なくても相手(患者さん)がためらっているときとか引いているときは、こちら(医者)も押すばかりじゃなく、一歩引くとか逆の立場だったらどうするかとか考えるようにしたい。
 このほくろの症例ははっきり言って強行にやりすぎだ。

2005.05.06
 足のむくみがひどい。利尿剤飲んだ。「川の道」540キロを走った舘山さんも強烈なむくみに見舞われているとの事。利尿剤をお送りする。ウルトラは危険だなーとつくづく思います。

2005.05.04
萩往還ちょっとしたまとめ
  タイム : 29時間22分23秒(自己評価87点)
  トイレタイム : 30分(自分としては非常に少ない)
  食事タイム(含コンビニ) : 約2時間(無駄な時間は使っていない。すべてさっささっさとやったけどこの時間)
  天気:晴れ、 湿度:低い、 風:微風
  トラブル:右アキレス腱の腫れ、右ヒラメ筋腱の痛み、まめなどはできなかった

 体感的には日差しは暑いが、風に当たるとひんやりする。この私でも日中ハーフタイツはいててもいいくらいだった。(昼前には脱いだけれど)2日目の夜はランパンでは寒いかと思ったが、動いている限り冷えることはない。ただしちょっと休むとえらく冷える。
 レース後のランナーを見ていると、ゴール地点、荷物置き場、ホテルの間を巡回するバスを運行してもらいたいと思う。湯田温泉にしかホテルを取れなかったあるランナーは足を引きずりながら歩いていったといっていた。大会委員長の小野さんちょっと考えて!ただでやってとはいわない。100円、200円位ならみんな払うと思うよ。
 今年山口在住の方とお知り合いになったけれど、この大会の事知りませんでした。ゴール地点で見学してとても感動していました。山口市民でもこのレースの事知らない人が非常に多いので、もう少し宣伝して欲しいな。大会のためというより市民のためという意味で。それとコース上何箇所かで写真を撮ってくれるとありがたい。走っているときの写真って少ないのでランナーにとっては貴重。プロの写真は高いので必要ない。素人写真で安めに価格設定してくれるとありがたい。萩往還でなくてもこういうサービス今後考えて欲しい。個人的には参加賞なしでもいい。そのぶんに費用をこんな方面に回して欲しい。
 ランナーの柳さんが「今年はずいぶんエビオスもって走っている人いましたよ」といった。すこしずつ「あぶないランナー」が浸透してきているかな。アサヒビールさん、このところエビオスの売り上げが伸びているとしたら、私のおかげですよ。

2005.05.02〜2005.05.03
想定内優勝!!萩往還レース手記
 いよいよレースだ。レース中はずっと晴れそうで、6時だというのにまだまだ真昼のように明るい。私は5番目のウェーブスタート(6時20分のスタート)。
 ゆっくりをモットーに今年はスタートだ。しかしあまりにもゆっくり過ぎた。キロ6分30秒もかかっている。「ずいぶん抑えてますね」と何人かのランナーに声をかけられた。そんなつもりじゃないんだけど、一度そのスピードで走ると調整するのが難しい。それでも30キロ走ったあたりでは次第に調子が上がりキロ6分をきっていた。
 10キロあたりからこちらを振り向き、ナンバーを確認するランナーがいた。10年ほど前に参加し優勝した経験もあると自己紹介をした。そのランナー阿部さんは15℃という外気温表示をみて「このくらいならいいけど寒くなると膝にくるんだよ」といっていた。晴れているせいか夜になると急に空気が冷たい。保温用に用意していたパンストを腕に通した。彼は休みがなかなか取れず5年ぶりに参加したという。「できれば36時間、どんなに遅くても42時間でゴールしないと帰れなくなる」と、いろいろと話しかけてくる。少ない休みを何とか駆使して参加するランナーも多いのだ。それだけ魅力的な大会なのだ。
 4,50キロ辺りは塩原さん、杭本さん、北海道の大橋さん、大阪の中村さんらと共走することが多かった。塩原さんは右ひざが痛いといっていたが、「麻痺して痛みが薄れている」とのことで、走りは悪くない様子。杭本さんも元気。大橋さんは「調子はどうですか」に対してまんざらでもない様子。中村さんは私の本を2冊とも読んでくださって、今年スパルタスロンし挑戦するのだという。野犬追い払い用に笛も持参のレース参加だ。「スパルタスロンは萩往還のタイム引く5時間で走れると聞きましたがどうでしょうか」ときかれたが、それは引きすぎでしょう。せいぜい3時間じゃないかな?5時間マイナスなら私はスパルタスロンしょっちゅう優勝できる。
 豊田湖(57キロ)には3位グループで着く。予定通りの時間だ。驚いたことに一位は25分も前についている。2位は西村君。飯とトイレを済ませてスタート。この頃からあるランナーと前後することが多くなった。このランナーただ黙ってぴたっと後をついてくる。俵山温泉のエイドにはよらずバイパスをそのまま行く時もついてきた。挨拶位して欲しい。
 海湧(86キロ)も3位でついた。トイレと飯。トイレが多いと思う人もいるかと思うが、私はこんなもの。ここをでるとまもなく例のあと追いランナーが後ろから一気に追いつき、ぴったりついてきた。挨拶するでもない世間話するでもない。少しこちらがスピード落とすとそれにあわせて落とし、道の右側から左側にコース取りすると即座に同じようについてくる。いったい何が目的?プレッシャーを与えているつもり?探りを入れようとしてるの?気分よくないなー。
 俵島(97キロ)を4時45分通過。そろそろ空が白み始める頃、少しスピードを落としてみた。それまでこちらのスピードにあわせていた引っ付きランナーはようやく離れて先に行ってくれた。特にその後ゆっくり走ったわけではないが、先のランナーはすぐに私の視界から消えていった。
 川尻岬(107キロ)には1位以下5位の私まで全ランナーがそろった。1位の白鳥さんは海湧手前でわずかな段差につまづき転倒したという。明らかに疲労が表れているようだ。
 ここから千畳敷に至る道はアップダウンが厳しく、多くのランナーは小野大会委員長に恨みの一言ももらしたく場所だ。昨年はこのコースでかなり歩きを入れなければならないほどばてていたが、今年はほとんど全コースを走りとおした。しかも新緑と海の青の織りなす風景を満喫しながら・・・。
 千畳敷手前のオフロードで西村君に追いついた。ガス欠でスピードダウンしたという。彼も引っ付き君に引っ付かれたらしいが、小便を装って立ち止まり、先に行かせたという。その後はかなり飛ばして行ったらしい。まだレースの半分、150キロ以内にばてるだろうと予想する。千畳敷(125キロ)には7時56分着。トイレ利用す。西本休憩所ではハスキーボイスの少年がわざわざ「お疲れ様です」と迎えに来てくれた。座敷で正座し、とても礼儀正しい賢そうな子だった。ここでとてもおいしいイチゴをいただく。たくさん食べたかったが、後続のランナーのことも考え控えた。
 鯨墓までの往復では、いままでは行きに静ヶ浦で食事をしていたが、長門市内のコンビニで食事をしたので、まだ腹は減っていないから帰りに寄ることにした。アップダウンが続く道、汗拭き用のフェイスタオルを落としてしまい、日焼け止めクリームを塗った顔を伝って落ちる汗が目に入って目が痛い。仕方なく帽子で汗をぬぐう。その時、何気なくちらりと後方を見たら、なんとあの引っ付きランナーがすぐ後ろにいるではないか。数キロ手前の仙崎では28分も差があったのに・・・。恐らく先に静ヶ浦で食事をしたのだろうが、それにしても私よりは前を走っているかと思っていた。やっぱり落ちてきたか。しかも一気に。鯨墓(153キロ)に10時55分着。直後に到着した彼は「足が痛い。リタイアしようかな」と弱弱しそうな表情で言った。しかしはじめてみせる彼の人間らしい表情だった。鯨墓からの帰りに静ヶ浦に寄ると塩原さんが先客でいた。足の痛みは何とか抑えられているらしい。
 帰りの仙崎(163キロ)では川尻まで1位だった白鳥さんが、「もうだめ」と敗北宣言。
 宗頭まで12キロ。疲労しているとこの直線が非常に長く感じられる。今年は快調に走る。しかし引っ付き君もちょっと後ろに何とかくらいついている。宗頭(175キロ)では玄関で食事を済ませた。渡辺頼正さんの奥さんから新しいフェイスタオルを譲っていただいた。13時半に宗頭を出る。希望の時間より30分遅い。
 藤井酒店を左折してからは私の好きな道。渓流に近い川が上り道の左手を流れて、さわやかな水音でランナーを迎えてくれる。とちゅうで湧き水を飲むこともできる。湧き水で英気を養い鎖峠に差し掛かる。長い下りの後、フラットな田舎道を進み三見の駅(187キロ)についたのは午後3時。疲労感はいままでの中で最も少ない。萩市に近くなると左手に海が見えてくる。点在する岩礁は絵になる風景だ。
 萩市に入り、トイレとコンビニに計30分。日本最小の火山笠山(204キロ)でチェック。ここを降りて虎ヶ先に向かう道で西村君に会う。全くの想定外。スパルタスロン完走の常連の彼が2番手できているだろうとの予測はあったが、1時間くらい離したつもりだった。トイレとコンビニで差を縮められたのか。14分で食事を済ませ、ちょっとばかりスピードアップ。途中、24時間で210キロ強走ったことを確認する。2年前の通過時間の記録がないので正確なのことは言えないが、東光寺(215キロ)通過した頃の明るさから言って、記録更新できるのではないかと感じた。明木のエイドでは何も食べるものがないので、市内のコンビニでおにぎりを買って持参する。
 往還道に入り、登りが延々と続き非常にばてた。腹も減った。のども渇いた。萩をでてからゴールまでは食料、水に十分気をつけないといけない。佐々並(236キロ)ではおにぎりを3個食べた。あと15キロ、2年前より長く感じられたのはやはり往還道に入ってからペースダウンしたせいであろう。
 絶好の天候に恵まれながら自己記録は達成できなかったのは残念だが、2度目の30時間突破はうれしい。
 ホテルに帰り風呂に入ると、右のアキレス腱の辺りの皮膚が真っ赤になっていた。

2005.05.02
 朝食で北海道から来た毛利さんと同席する。自宅がサロマ湖100キロマラソンスタート地点のすぐそばという。
 10時過ぎに受付をする。「あぶないランナー」の売れ行きは昨日のセミナーのおかげで他の本よりはいいと受付の女性。ホテルに帰り睡眠とろうとするも横になっただけで寝るところまでは行かない。でもいつものことなのであせりはない。3時からの説明会に参加。今年は特に大きな変更はない模様。ホテルに帰りレースの準備をする。ちょっと時間がなくあせる。午前中にやっとけばよかった。

2005.05.01
 昼の便で山口に行く。今年の連休は晴天続きだというのでうれしい。不思議なもので、飛行機に乗ってしまうとそれまで抱いていた旅の不安というものは消えてしまう。
 ウルトラセミナーし講師として参加。他の講師の皆さんが、立派な資料を用意していたのでびっくり。私は「あぶないランナー」の内容に沿って話をする。まだまだウルトラランニングに伴う胃腸障害の克服が全然徹底されていないとの実感。口コミで伝わらないのかなー。意外とランナーって諦めが早いのかも、それとも勉強する意欲に欠ける?

2005.04.22
 往復の通勤ランをしようとしたが、ヘッドランプを忘れ、「帰り道は2,3箇所危険なところあるから」と安全策をとり、バスと電車で帰ることにした。山木の停留所まで走り丁度1分後にバスがくる。「ラッキー」と思ったら、バスの運転手全くこちらを見ずにスピードも落とすことなく走り去ってしまった。当然止まってくれるものと思っていたので手を上げる間もなかった。つぎのバスはと時刻表を見ると30分近くも待たなきゃならない。「くそ、駅まで走ったれ」と結局走る羽目に。駅を降りてからもうちまでは走ることが普通となっているので、ここも走ってトータル8.3キロ走った。
 結果論だが、初めからライトなしで走ってもよかった。「おい、4月22日19時25分に山木バス停を止まらずパスした小湊鉄道の運ちゃん!俺だったからまだ駅まで走るという選択をしたからよかったけど、高齢者だったらどうすんだよ」

2005.04.18
 朝9時前に裏のチャイムが鳴った。「アジアやアフリカでボランティア活動をしているSHINZENというグループですが、ご協力をお願いします」と、人のよさそうな女性が、手に持っている会報を差し出した。もう一方の手にはハンカチや靴下を抱えている。会報に目を通すと、世界各地でおこなっている活動のカラー写真が十数枚あり、その中の5枚はには黄色地にSHINZENと書いた会のロゴが目だっていた。
 この会は国際協力を主眼として活動続け、発足以来20年たつらしい。その説明の中にこんな下りがあった。「日本ほど世界の国々からお世話になった国はありません。戦後の復興の影には『ガリオア・エロア資金』と呼ばれる米国からの大規模な資金援助がありました。1946年から51年までの6年にわたり、日本が受けた援助の総額は、18億ドル(現在の約12兆円)。現在の日本は年間約1兆円のODAを約190の国と地域の支援に使っていますが、当時の米国からの支援は日本1国に対し、2兆円に達しました。」まーずいぶんな持ち上げようだ事。米国に恩義でもあるのかねー。でもちょっと認識不足じゃないのかな。アメリカは自国の余剰農産物の処分先として日本に目をつけたんだよね。おかげで日本人の嗜好は欧米型となり、伝統的な日本食は踏みにじられ、『ガリオア・エロア資金』の後もマクドナルドの上陸と日本における爆発的な展開を許してしまい、生活習慣病が増える原因となったのだ
 戦争で勝ったアメリカが敵国日本に対して、慈悲深い援助だけするわけないでしょ。その裏でしっかり稼いでいるんだよ。私自身海外医療協力の際、実に無駄な運営を目の当たりにして、「国際協力」とか「ボランティア」とい人間愛に満ちた行為の影に隠れた浪費を思うと、素直に協力はできないのだが、この女性があまりにも人がよさそうなので、今回だけ3000円の子供用のもの入れ(500円程度のもの)を買ってあげた。もちろん自分の意見は言わせてもらったよ。

 珍しく帰宅ランをする。本当は暗いときには走りたくないのだが、今月の走行距離が少なく、萩に向けて不安なのだ。自宅到着は8時半。

2005.04.16
 小野木医院開院5周年記念の内輪宴会を「真木」でおこなう。一人でワイン一本半あける。うー飲みすぎ・・・。

2005.04.14
 やっといい天気になったね。今日の通勤ランは気分がええわい。ランニング姿勢も自然といい形になってきたように思う。萩往還に向けて仕上げて行きたいところだが、もう18日しかない。はっきり言って練習量は少ないし気分も上向いていない。あんまり大会が近づいてきたという実感がわかない。2,3日前から筋トレやり始めたが、泥縄もいいとこ。こんなこと書くのが恥ずかしい。

2005.04.13
 電子カルテの説明を聞きました。このメーカーが今一番使い勝手がいいとの事でお勧めだというのですが、確かに動作は速く色々な使い勝手のよさを考えているなーという気はしたけど、それだけ医者がおぼえることも多く導入直後が非常に仕事量増えそう。またレセプトチェックのとき、紙カルテのよさにはかなわないところがある。いずれは入れていったほうがいいとは思うけど後1,2年待ってもっと改良されてからでもいいか。

 ためして合点を見た。カリウム(K)の重要性を取り上げていた。簡単に言えば結局は野菜や穀類、海藻が重要だということで、私がいつも言っていることと同じ。現代食がナトリウム(Na)に偏っていることはわかっていたが、全く塩を取っていなかった縄文人の食生活(K:Na=10:1)がからだに一番いいミネラルバランスを生むというのには正直驚き。確かにゲルソン療法では塩分一切禁じているが、それはがんを治すための特殊な食事だと認識していて、少しくらいの塩はいいのだと思っていた。もう70年も前のゲルソン療法の正しさを改めて認識したしだいだ。ゲルソンあんたはえらい!!!

2005.04.12
 なんて寒いんでしょ。土日はあんなに暖かかったのに。朝ランを半そででしたら腕が凍るほど冷たかった。こんな天気じゃ病院も暇。

2005.04.07
 びゅんびゅん!風強いですね。ランは北上するのはいいけど、南下するのが一苦労でした。Tシャツが普段の数倍汚れた。桜も相当散ったでしょう。一方花粉も相当舞い散ったのではないでしょうか?今年の花粉の飛散量はすごい、といっている割には患者さんが増えたけれども「そうでもないなー」という印象でした。
 その花粉症の患者さんのことですが、本人いわく「それほど重症でもない」というのに、ある医院で抗ヒスタミン剤2種類(内ひとつはステロイド配合)、抗生剤、点鼻薬、点眼薬を処方されたとの事。受け取るとき思わず「エーこんなにたくさん!」といったそうです。なぜ抗生剤が処方されているかも疑問だといいます。慢性副鼻腔炎との病名で処方したように思えますが、そんな症状はないといっています。更に不信感を募らせたのが、「娘が風邪を引いたときに処方されたのと全くおんなじ(まさか点眼薬までは処方してなかったと思うけど)」だったとの事です。風邪で抗ヒスタミン剤くらいならまー理解できますが、全く同じとはねー。
 風邪の処方のついでに私見を言わせてもらいますが、「ためして合点」で「厚生労働省が、『風邪に抗生物質は有害無益』との通達を出した」といってました。その番組のなかでは「実際には7割の風邪の患者さんが抗生物質を処方されてました」と調査結果を報告し、事前に視聴者から寄せられた「今処方されている風邪薬の中の抗生物質はどうなのか」という質問に対して、専門家と称する医者は、「それはそのお医者さんが患者さんを診て必要があって処方しているのですからきちんと飲んでください」といっていた。おいおいおい玉虫色にまとめないでよ。有害無益なのに7割の患者さんに処方されているのを「必要があって」じゃないでしょう。「それはほとんど予防的投与であって今現在細菌感染しているわけではないですね」とはっきりいえない立場はわかるけど、せめて「もういちどその医者に聞いてみてください」くらいは言ってほしかった。
 でも7割かー。実際他の医院の処方をうかがい知る機会があるけど、もっと多いような気がする。

 さーて今日はこんなこと書いたけど、またどこからかクレーム来るかなー。もし医者や医療側からクレームよこすとしたらそれは、インフォームドコンセント、情報公開、レセプト開示、などといっているけれど、いまだ護送船団という鎧の中に医療があるという証拠じゃないかしら。

2005.4.5
 新風舎出版賞二次審査通過。続いて三次審査へ。6月の結果まで長ーい

2005.4.3
調子よかったんだけど・・・
 鶴沼ウルトラマラソン。100キロに参加するも、採血の仕事があったので完走することはできなかった。62キロだけ走る。初めから今日は60から80キロのつもりだったので結構飛ばした。そしたら60キロ付近で右ふくらはぎに痛みが発生。わずかな筋線維の断裂を起こしたようなのでここで上がった。それでも先週の佐倉マラソンに比べればかなりいいと思う。
 予想外の好天で、みんな厚めのウェアーを着込み、ゴールしたときには体中塩が吹いていた。筋肉の痙攣と胃腸障害をきたすランナーが結構いた。こんなときには「給水の掟」を守らないといけないんだよ。
 恒例のビールパーティーはくるまで来ていたので一滴も飲めず。拙著「あぶないランナー」は高田さんのたびたびの宣伝と佐瀬さんと大神田君の「読者評」のおかげで20冊くらい売れた。
 ランナーってあんまり本を読まないよね。自分で問題を解決したいという意識が希薄じゃないかと思います。それなりに走れればいいとか、痛い、苦しいはランニングにつき物といったネガティブな「悟り」でもあるんでしょうか?いや、この事はランナーに限らず人間一般にいえるのかもしれない。
 患者さんの中には選択肢をあげても自分では決定せずに、医者に任せたり、「こんな方法があるよ、ためしてみれば」と言ってあげても微動だにしない人がいます。薬を飲む以外の自己努力を要する解決策には一切手を出さない固い信念でもあるのかしら。わたしにとってはこういう患者さんは疲れるんだけど、こういう患者さんこそ上客なのかもしれない。

2005.4.1
 観覧舎からインタビューの原稿が届きました。あんな取り止めのない話をしてしまったのに言いたいこと網羅してくれた上にきちんとまとまっているのでびっくり。やっぱり専門にお仕事されている人は違うなー。あんまり文章が美しいので、私を知らない人はわたしが美しい人間愛に満ちた崇高な意思をもった人間のように錯覚してしまうかもしれない。
 2日後の鶴沼ウルトラマラソンの採血の準備。正確な結果を得るため、遠心分離機やら何やら荷物が増えてしまった。今年は看護師さんがいないので大変。

2005.3.30
 「あぶないランナー」を加筆して新風舎出版賞に応募したら一次選考をパスしたとの連絡あり。いったい一時選考でどの程度落とされるのか知らないけれど、まああの内容なら一時選考はパスするだろうとは思っていた。問題はその後。賞に入るかどうかです。この本を読むと思われる対象の方が必ずしも多くはないので賞も無理かなー。

2005.3.27
撃沈!!
 佐倉マラソン。最悪の結果!何が原因かよくわからない。
 スタート直後から足が重いと感じた。3キロで12分30秒。スタート時の混雑を考えてもちょっと遅すぎる。体調に合わせて押さえていけばいいのにそのままもてるものを出し切って走る。
 破綻は15キロで現れた。無理がたたってふくらはぎの疲労が強い。太ももにくるならわかるが、どうしてふくらはぎに?レース中ずっと考えていたが、原因は昨日の練習量が多すぎたことしか考えられない。単に距離的なものではなく、トップスピードで走ったことだ。ウルトラやってるならそんなこと関係ないだろうという考えが甘かったのかなー。
 数人にまとめてごぼう抜きされ戦意は消失。一時はキロ5分45秒まで落として疲労の回復に努め、何とかゴールすることができた。
 練習でもいいときと悪いときがある。原因がはっきりしないこともある。得意種目ではないけれど、余りある機会じゃないので、もっと慎重にレースに臨めばよかった。
 今日は特別暑かったが、大会そのものはひどい運営だった。エイドは水かスポーツ飲料。パンは2回に1回の割りに用意されているだけ。梅干も塩も飴もバナナすらない。パンが唯一のエネルギー補給の手段だが、ぼそぼそしていて走りながらは食えない。立ち止まってゆっくる食べるならいいけどトップグループはまず食べられなかったろう。私設エイドが飴やバナナを用意してくれたのはありがたかった。高橋尚子に金出して挨拶させるくらいなら、その金でもっとエイドを充実させろよな。35キロからの細い道は交通整理が行き届いてなくて、ランナーのすぐ脇を車がスピード出して通り過ぎていた。人が少ないわけじゃないのだ。余計なところで必要ない仕事をしているのが目立つのだ。個人主催の大会のほうがずっと行き届いているね。(ひどいところもあるけど・・・)朝日新聞さんの中道左派の報道姿勢は好きだけど、この運営は手抜きだよ!購読やめよかな。少なくてももうこの大会に出ることはないでしょう。

2005.3.26
 ランニング。このところ調子を上げている。通勤ランで自己ベストに迫る1時間18分49秒。本気を出せば17分台出たかも。
 次第に暖かくなってきて人も虫も動きやすくなったなー。これからが私の一番好きな季節じゃあー。
 帰りのランもすごく調子よかった。トータル37キロちょっと走りすぎたかな?

2005.3.23
 埼玉県でスポーツエイド・ジャパンを主催する舘山さんが、3月20日の荒川マラソンで自己ベストを更新。55歳で更新できるとは思わなかったと喜んでいた。3時間00分19秒と惜しくもサブスリーを逃したが、この記録はすばらしい。相当練習したらしい。私も来年は月500キロ走ってサブスリーに挑戦だ。おっとその前に27日の佐倉マラソンがあったっけ。

2005.3.22
 光風台に住むウルトラランナーのAさんより電話あり、「あぶないランナー」はどこで売ってますかと言う。私の本「「鉄人ドクターのウルトラマラソン記」を、古本屋で見つけて私が市原在住と知り、ホームページで探してくれたらしい。「あぶないランナー」を買っていただいた。結構近くにウルトラランナーは住んでいるもんですなー。
 市内の古本屋で見つけたというから、やっぱ売ったのは市原市内の住民なんだろうな。ランナーがこの本を売ったと考えるよりは私がプレゼントした人か、義理で買っていった人が本を売ったのだろう。だれだそいつは!!!でもそのおかげでこのランナーが私の本を買ってくれくれたのだからいいほうに考えよう。

2005.3.20
 42キロ走る。3時間9分。スタートして10キロはゆっくり走り、その後調子がいいのでスピードを上げた。アップダウンも結構あるコースなので、来週の佐倉マラソンは、3時間5分を切りたい。

2005.03.08
 今日は「サンバの日」ということでマツケンサンバを踊る大会が催されたそうですが、「産婆」の日でもあるはず。今日生まれる子は幸せになれるでしょう。

2005.03.07
 5日ぶりのラン。天気もよく気持ちよし。
 このところ診療は暇。そろそろ花粉症が猛威を振るうか?しかし耳鼻科のように処置をするわけではないのでそれほど大混雑と言うことにはならないでしょう。
 ところで鼻や目の洗浄は自分でできるのにどうしてみんな行くんだろうね。自宅で何度も洗浄したほうが効果が高いと思うけど。

2005.03.06
 予定していた「お台場6時間走」はキャンセル。残念。
 でもおかげさまですっかり回復した。
 明日から走るぞー

2005.03.05
 やっぱり風邪だったのだ。3日前の症状からいまだに尾を引いている。だるい。今回の風珍しく速く治せなかった。結構いろいろやってみたが、鼻かぜの完璧な克服方法はいまだ発見できず。

2005.03.02
 通勤ランの後、髪の毛かわかすの不十分だったのか、鼻水が・・・

2005.02.07
 昼過ぎ、観覧舎のもみさんが取材にこられた。約1時間50分医療のことやウルトラのことを話す。こちらからも観覧舎の仕事のことをお聞きする。どのスポーツ関連の雑誌も、スポーツに対してある華やかな一面しか扱わなかったり、自分に都合のいいことばかり書いたりして、正しく報道してくれていないという不満があった。しかし観覧舎マガジンのスポーツに対する視点は極めてまじめで、スポーツの本当の姿を伝えようという気持ちがひしひしと伝わってくる。私の知る限りこのような雑誌は初めてではないだろうか?しかし残念ながら地道にやっているいい本というのは経営という面からは苦難の道を強いられている。少しでも経営に貢献してあげたいと思いました。

2005.02.02
 5日ぶりのラン。実は先週金曜日のランの後、軽い風邪を引いた。ラン後は一時的に体温上昇するが、その後は下がる。病院はウイルスがウジャウジャいるので、要注意。加えるにこの日は髪の毛を乾かすのが中途半端だったのだ。今日のランは軽快だ。肉離れして以来のいい記録1時間20分50秒。
 ランの途中で鶯を見かけた。歩道の植え込みから立ち木へとすばやく飛び移ったが、ひと啼きもせず。「春は名のみの風の寒さや谷の鶯歌は思えど・・・」か・・・

2005.02.01
 ソケイ部の痛みだけど、鎮痛剤を2日飲んだら痛くなくなった。放っておいても治ったかもしれないけれど、時にこんな対症療法と思っていた治療法も根治療法になることもあるんだね。
 いや驚いた。肩関節周囲炎(いわゆる40肩)の患者さんに、よく使われるヒアルロン酸の注射を肩にしたら、突如気分悪くなり目球が上転して意識消失。顔面真っ青。すぐにベットに寝せて人工呼吸しようと思ったらまもなく呼吸回復。直に意識も戻った。その後も気分悪いというので診察室で寝ててもらう。2時間くらいしてだいぶ気分よくなり、雑談する。「イヤーびっくりした。三途の川に半歩踏み出したんじゃないかと思うよ」というと、「やばかったですね、いや、俺じゃなくって先生のほうが。俺は別に死んでもかまわんけど、先生困るでしょ」と反ってこちらを気遣ってくれた。

2005.01.27
このホームページの内容に批判があるのなら私に直接言ってほしい!!!!
 「先生のホームページ内容過激だって医師会に言ってきた人がいるけど」とある医師に言われました。この医師の前にもう一人の医師が介在します。つまり私のところには、ひとつの組織と2人の人がはいっています。こうなると何が問題にされているのかずいぶんと修飾されてしまって事実とは違ってくることがあります。シティーライフのコラムのときも直接私に言ってくれずに「書きすぎだ」とシティーライフに言ってきたことがありました。どうして面と向かって言わないのでしょうか?物陰に隠れて非難するのはフェアじゃないんじゃないかな。
 私は事実とは異なることは書いてません。書き方に適切さを欠いたところがあるといわれれば、甘受いたします。訂正もします。だからこれからはちゃんと言ってよね。

2005.01.25
 午後3時頃、何の引き金もなく突然右の恥骨、もしくはソケイ部が痛くなった。ちょっと不安。ソケイヘルニアじゃないし、こんなところ炎症を起こすような臓器は見当たらない。リンパ腺もはれていない。

2005.01.22
乳がんエコー検診症例検討会
 最後の検討会。疲れた。はっきりいってストレスがたまるので精度管理委員はやりたくない。大学でやっていたときのように、言いたいことがんがん言って相手もそれに反応してくれるとレベルアップにつながるのだが・・・半年前と全然変らない人もいます。

2005.01.11
 9,10日武蔵ウルトラマラソンクラブのメンバーとともに過ごす。9日は雪がちらつく中25キロ走り、八木さん宅で新年会。八木さんは訳ありで男一人暮らし。しかしその家の手入れの行き届いていること。築5年の家も築1年くらいにしか見えない。毎週末掃除をしているのかもしれない。また料理もいまどきの女性なんか目じゃない。きんぴらや白菜の漬物が実にうまい。最後は鍋で締めくくり。夜のうちにおいとまする予定が泊まる羽目に・・・

2005.1.7
今年初めての日記。
 2日に当番医をやった。上げ下しの患者さんが非常に多く、10人以上点滴をやった。ノロウィルス感染による風邪がはやっているのだ
 正月はよく走った。

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